研究課題/領域番号 |
20J14619
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
菊辻 卓真 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | ガラス / 分子シミュレーション / 水素結合 / 過冷却水 / マルコフ状態モデル |
研究実績の概要 |
本年度は過冷却水中における水分子間の協働的運動の特徴化を目的に、マルコフ状態間モデルを利用して水分子3体間の構造変化を解析した。 コロイド・高分子・ミセルなどのソフトマターでは、分子スケールと巨視的スケールの中間に位置するメソスケールにおいて、多くの分子が関与する協働的運動を発現する。それに伴い特徴的な時間スケールは分子スケールより遅くなる。特に、ほとんどのソフトマターの性質を決める主要な因子の一つとして水分子の水素結合がある。従来、水素結合は主に溶液中の化学反応などにおいて着目され、多くの理論・実験研究が行われてきた。先行研究により常温では水分子の3体間の構造変化により水素結合破断が引き起こされることが明らかになっているが、水素結合ネットワークが強固なり、より多くの水分子が水素結合破断に影響を与えると、予測される過冷却状態では常温と異なる破断プロセスが起こることを我々明らかにした。本年度はその詳細なプロセスを明らかにするために、水分子3体間の協働的運動をマルコフ状態間モデルで特徴付けることを試みた。 この研究より、3分子間の構造だけで記述できる常温での水素結合破断プロセスに加えて、深い過冷却状態になるにつれて水素結合ネットワークの構造を保つような遷移経路が増加してゆくことを明らかにした。この経路の顕著な温度依存性は、先行研究で使用されてきた3分子の構造のみを使用したマルコフ状態モデルでは観測されず、本研究では、3分子の持つ水素結合本数を状態変数と利用した、より詳細なマルコフ状態モデルを定式化することで再現に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の予定では水分子3体間の構造をマルコフ状態モデルで特徴付けることで、水素結合ネットワークが強固となる深い過冷却状態で、常温と異なる遷移プロセスを明らかにすることにあった。この遷移プロセスを明らかにするために、先行研究で行われた同様の解析手法を用いて、温度を深い過冷却状態にまで下げて解析を行なった。過冷却状態においてマルコフ状態モデルの解析をすることは本研究で初であるため、マルコフ性が満たされるかの確認を行なった。その後詳細な遷移プロセスを解析したが、常温で主要となる経路についてのみ顕著な温度依存性しか現れなかった。そこでこの問題を解決するために、我々は先行研究で用いられた3分子間の構造に加え、3分子の持つ水素結合本数も状態変数としたより詳細なマルコフ状態モデルを定式化することで、当初の目標となる水素結合ネットワークの構造を保つような遷移経路が過冷却状態で増加してゆくことを明らかにした。 本年度の解析を経たことで、次年度は本年度の研究により明らかになった水素結合ネットワークを保つような水素結合破断に着目し、最尤推定法を用いてこの水素結合破断経路を適切に記述する反応座標の探索を行う予定である。 また本年度の研究内容について、日本物理学会、分子シミュレーション学会において発表を行なっており、現在学術誌への投稿準備を行なっている。
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今後の研究の推進方策 |
今後はこのマルコフ状態間モデルで明らかとなった、水素結合ネットワークを保存するような形で遷移するプロセスの詳細を明らかにするために、機械学習・統計処理による反応座標探索を行う予定である。反応座標は化学反応や遷移プロセスを理解する上で非常に有益な情報であるが、凝縮系のような多次元のポテンシャルエネルギー上で起こる反応を理解するには、膨大な変数の中から適切に記述する変数を抽出する必要がある。この反応座標として機能する変数を機械学習を利用して探索する手法は、主にタンパクなど遅い遷移プロセスを理解するために発展・利用されてきた。この手法を、過冷却水で顕著となる水素結合破断に適用することで、従来では解明されることのなかった、水素結合破断を劇的に低下させるようなプロセスを解明できると考えている。この研究を遂行することは、これまで物理の重要な問題であったガラス転移のメカニズムを、反応座標という一般的な枠組みで理解するという非常に重要な課題であるだけでなく、タンパク・ゲルなどで、これまで反応座標の候補として含まれることがほとんどなかった溶媒の影響を加味しながら、より詳細な反応座標を探索するための手法を発展させる上でも非常に重要な役割を果たしている。
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