研究課題/領域番号 |
20J14985
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
小川 翔吾 京都大学, 経済学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | 財需要 / ケインズ的失業 / 長期停滞 / 数値計算 / 市場不均衡 |
研究実績の概要 |
2020年度は、(1)貨幣的成長モデルを用い、財・労働の不均衡取引が経済に与える影響に関して数値計算による評価を行った。また、(2)数量シグナルを受けた家計・企業の意思決定をミクロ的にモデル化し、失業要因が4つに分解されることを定式化した。 (1)について,前年度の貨幣的成長モデルの研究にて、財市場の需要の不足が持続的になりうるというシミュレーションの結果を得た。これは財需要の不足が持続的な失業の要因として賃金の硬直性より重要であるという結論を示唆するが、パラメータや初期値が限定されており、モデルから普遍的に得られる結論であるかを確認することはできていなかった。そこで今年度はインフレ期待調整のパラメータ(期待調整の速度とその様式)および初期値を変えながらシミュレーションを繰り返し、上記の結果の頑健性とその他の経路の存在を確認した。その結果、極端な期待調整過程の下では景気変動が強調されすぎる、もしくは変動が停滞することで定常状態への収束に時間がかかることが分かった。また、現実的な期待調整のパラメータ下では収束経路の多くの時間で財需要の不足が観察され、安定的な経済であっても財需要要因の不況が長く訪れることを確認した。この研究は共著論文として査読付き国際学術雑誌Evolutionary and Institutional Economics Reviewに掲載された。 (2)について、一般的な意思決定のモデル上に取引の数量を明示的に取り入れた理論を設計した。これにより、労働市場での雇用量の決定に関して労働需要・供給・市場の摩擦が重要な働きをするが、労働需要はさらに財市場の取引の数量変数と賃金などの価格変数に要因分解されることを定式化した。この定式化は既存の失業分析と整合的であり、失業要因の変動についての実証分析が可能となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
数値計算によるモデルの振る舞いに関する分析は予定外ではあったが、シミュレーションを通して市場不均衡が経済にもたらす効果について新たな見識を得ることができたため、研究の進捗には正の効果を得られた。また、査読付の学術論文として発表することもできた。 意思決定のミクロモデルの分析も、理論的側面だけではあるがモデルを完成することができ、以降の実証分析への基礎を設計することができた。予定では実証分析も完了するつもりであったが、すぐに取り掛かることのできる状態である。 以上より、数値計算分析による想定外の収穫があった一方で、実証分析まで至らなかった点もあるため、全体としてはおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、財需要の不足という数量シグナルが経済を停滞させる要因として働くことが示唆された。そこで、(1)理論的側面から、企業が「時間を通じた最適化」を行う際に数量シグナルが雇用や投資に与える影響を定式化する研究と、(2)労働市場の実証分析により、価格シグナルでなく数量シグナルが失業に与える影響を定量的に計測する研究を行う。 (1)では、企業が数量シグナルに面しながら自身の価値を最大化するように投資と雇用の計画を立てるというモデルを作成する。現在の財需要の数量をもとにして企業が現在から将来までの投資と雇用を最適値に選ぶ場合、現在の財需要と雇用の間に結ばれる関係がどうなるのかを定式化する。これまでの本研究では時間を通じた最適化問題は定義されていなかったが、この分析により長期的な不況に関するさらなる考察を得られる。 (2)では、これまでの研究で未達成であった労働市場の実証分析を行う。米国の戦後の労働市場のデータ分析によると、労働供給と市場の摩擦は循環的変動を見せないが、労働需要は景気変動と大きくかかわっている。労働需要は一般的には価格変数(賃金)との繋がりが強調されるが、これまでの理論研究では財需要の数量シグナルからの影響も重要な要素であることが示唆されている。そこで、労働需要の変動をさらに価格変数と数量シグナルの変動として分割し、特に不況期に財需要からの影響がどれほどあったのかを定量的に分析する。
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