研究課題/領域番号 |
20J15176
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研究機関 | 東京農工大学 |
研究代表者 |
近藤 里沙子 東京農工大学, 大学院連合農学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | 褐色腐朽菌 / 木材腐朽 / 錯体介在フェントン反応 / リグニン |
研究実績の概要 |
褐色腐朽菌は、我が国における木造建築物の主要な害菌であり、腐朽初期に木材の曲げ強度を50 %以上も低下させる場合がある。したがって、本菌の木材腐朽機構を理解することは重要な課題である。現在、一般的とされている褐色腐朽菌の木材腐朽様式は、本菌が木材主要成分のセルロース、ヘミセルロースを急激に低分子化し、リグニンの代謝は行わないものの、リグニンに構造変化を引き起こすことである。この特殊な腐朽様式は、木材分解酵素が無傷の木材細胞壁を通過できない大きさであるため、酵素的分解システムのみでは説明できず、錯体介在フェントン(CMF)反応と呼ばれる非酵素的な酸化還元システムが褐色腐朽メカニズムに関与しているとされてきた。CMFシステムでは、二価鉄と過酸化水素の存在下で生じるヒドロキシルラジカルが木材細胞壁成分を攻撃することで、その後の酵素的分解のために多糖類へのアクセシビリティを向上させると考えられている。このシステムには、キノン類のような真菌の低分子代謝物に加えて、リグニンやその断片も、三価鉄を二価鉄に還元する電子供与体として機能する可能性が示唆されてきており、これが褐色腐朽菌全体を網羅する画一的な分解システムとして議論されてきた。しかしながら、褐色腐朽菌種の生理学的特色の差異や、形態学的観点からみた腐朽過程での木材細胞壁微細構造の変化の多様性、さらに、本菌がゲノム上に有する木材分解酵素遺伝子が菌種間で異なることを示す報告もなされてきており、これまで一様に議論されてきた褐色腐朽菌の木材分解機構には、多様性が存在する可能性がうかがえる。 そこで本年度は、異なる進化系統に属する7種の褐色腐朽菌および比較として1種の白色腐朽菌を対象として木材腐朽試験を行い、腐朽にともなう木材化学成分の変質過程について、その共通点と相違点を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、褐色腐朽菌の木材分解機構を明らかにするため、菌の分類群に立脚した観点から腐朽材化学成分の比較解析を行った。褐色腐朽菌として、キカイガラタケ目、サルノコシカケ目、イグチ目に属する7種を、また、比較としてサルノコシカケ目に属する白色腐朽菌1種を用いてスギ辺材を腐朽させた。その結果、各菌により腐朽され、重量減少1 %未満から50 % 以上を呈する試料を得た。これら腐朽材および菌を接種せずに同様の操作を行って得た未腐朽材をX線回折測定、赤外分光分析、化学分析に供した。腐朽に伴うX線回折強度曲線の形状および結晶化度の変化は、白色腐朽材と褐色腐朽材で明確に異なっており、重量減少50 %以上の材では、白色腐朽材の結晶性セルロースの構造は比較的維持されている一方、褐色腐朽材では、著しく分解されたことを示す結果であった。重量減少20 %以下を呈した材の結晶化度の変化を褐色腐朽菌間で比較すると、結晶化度が急激に低下するものと、比較的緩やかに低下するものが見受けられた。しかしながら、(200)面に相当する配向性ピークの半値幅でセルロースの結晶性を評価したところ、腐朽初期における急激な変化は観察されなかった。成分分析によりそれぞれの菌による木材主要成分の変化を比較した結果、キシラン分解において、褐色腐朽菌種間で多様性が存在する可能性が示唆された。赤外分光法による分析では、X線回折測定や成分分析で観察された褐色腐朽に典型的な木材分解様式、すなわち、リグニンを顕著に分解することなく多糖類を完全に分解することを支持する結果を得ており、本実験で対象とした褐色腐朽菌種に共通していた。その一方、リグニンに帰属されるピーク位置や強度が菌種間でわずかに異なることが明らかとなった。以上の内容については現在、論文にまとめており、国際誌に投稿予定であるため、おおむね順調に本課題を遂行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度は、主として以下の2つを実施する予定である。 1. 褐色腐朽過程でのリグニンの構造変化の解析:腐朽材試料に抽出処理を施し、残渣画分を核磁気共鳴分光分析(NMR)に供する。二次元NMRでの分析を予定しており、得られたHSQCスペクトルからリグニンの構造変化を解析する。赤外分光分析で得られたスペクトルデータの解析において、リグニン由来の吸収帯の変化パターンが褐色腐朽菌の種間で異なることを示唆する結果を得ており、特にG. trabeumとS. lacrymansとの比較において、その差が顕著に現れた。そこで、この二つの腐朽材のうち、同程度の重量減少を呈したものをそれぞれボールミルで粉砕し、DMSO/NMI法で溶解した試料で分析を行う予定である。 2. 各腐朽段階における腐朽材の金属還元能の評価:褐色腐朽菌によるリグニンの構造変化が錯体介在フェントン反応系に与える影響を調査するため、腐朽材残存成分の電子供与体としての能力を調査する。既に、金属として鉄を用いた実験を行っており、未腐朽材との比較において、褐色腐朽材の残存成分は低pH下で三価鉄を二価鉄へと還元しやすいことが明らかとなった。これについては、アセチル化木材や脱リグニン処理木材、磨砕リグニン、人工リグニンで得られる結果と比較して、褐色腐朽におけるリグニンの構造変化が果たす生理的役割を明らかにする。また、銅を用いた実験を同様に行い、併せて、論文としてまとめ、投稿する。
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