研究実績の概要 |
地球上のほとんど全ての生物は、約24時間周期で自律的に振動する概日時計を有しているため、地球の自転に伴う環境変化に適応できる。哺乳類における概日時計中枢は脳の中の視交叉上核 (Suprachiasmatic nucleus, SCN) であり、概日時計によって体温、ホルモン分泌、遺伝子発現など生物の様々なリズムのピーク位相は生理機能が最も効率よく発揮されるよう制御されている。近年、交替制勤務や生活の夜型化により体内時計と環境の明暗周期が慢性的に乖離状態になる「社会的時差ぼけ」とそれに伴う生活習慣病などの疾病が問題となっている。 この中で申請者らは、SCNに発現する主要なペプチドであるアルギニンバソプレシンの受容体を欠損したマウスを作出し、バソプレシン受容体が時差症状に寄与していることを明らかにした。申請者は時差症状を根本的に是正することを目指し、時差への創薬研究の基盤となる時差の分子メカニズムの解明を計画した。通常の明暗環境下と時差条件下で、時差症状を示さないマウスのSCNにて発現変動する遺伝子の網羅的な解析の結果、SCNでの発現は知られていたが、そのリズム機構は未解明であったシグナル伝達物質の発現が著しく減弱していることが分かった。さらに最新のAI技術を用いたビデオサーモグラフィーによってマウスの場所の移動を伴わない活動や体温を非侵襲に測定する方法を確立した (PLoS One 16, e0252447, 2021)。この手法を用いることで、時差に同調する過程のマウスをより詳細に観察することが可能となった。現在、これらの研究に関する論文を筆頭著者としてまとめている。本研究の成果は、時差症状の予防・改善を目的とした創薬ターゲットになりえるものと期待される。
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