研究課題/領域番号 |
20J20050
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
丹波 翼 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 中性子星 / X線天文学 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、強磁場を持つ中性子星における放射機構を解明することである。そのために、中性子星の観測的研究を行うとともに、X線天文学の検出器開発に取り組んでいる。 中性子星の観測的研究では、強磁場をもつ大質量X線連星Cen X-3のデータ解析および観測提案をおこなった。Cen X-3は、銀河系内で最も明るいX線連星のひとつで、強磁場中で降着物質が光子を逆コンプトン散乱することでX線スペクトルを形成していると考えられている。本研究では、この天体をX線天文衛星NuSTARで観測したアーカイブデータを解析し、連星の軌道位相および中性子星の自転位相に沿ったスペクトル変動を調査した。その結果、軌道位相に沿ったスペクトル変動が周辺プラズマの濃淡に起因する一方で、自転位相に沿ったスペクトル変動は見込み角の違いによる逆コンプトン散乱の効率の違いに起因することを示した。このスペクトル変動をより詳しく検証するために、アーカイブデータの10倍の観測時間で観測提案をNuSTARに提出し、これが採択された。 検出器開発の分野では、2023年打ち上げ予定のXRISM衛星に搭載されるCCD検出器のためのパイルアップシミュレータの開発に取り組んだ。パイルアップとは、複数の光子が同一の撮像領域に短い時間間隔で入射したときにそれらが統合されて1つのイベントとして誤検出される現象で、特に明るい天体の観測で起こりやすい。本研究では、モンテカルロシミュレーションを用いた新たなアプローチで、X線CCD検出器におけるパイルアップ現象を再現した。その結果、任意の入射スペクトルからパイルアップの影響を計算することやパイルアップの影響を受けたデータからその影響を取り除くことが可能となった。これらの結果を投稿論文としてまとめ、受理された。それと同時に、XRISM衛星への適用の準備も順調に進んでいる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中性子星の観測的研究およびX線検出器開発の研究の両面で順調に進展している。 中性子星の観測的研究では、アーカイブデータを詳細に解析し、Cen X-3という重要天体について、軌道位相および自転位相の両方に沿ったスペクトル変動を検出することに成功した。この結果は、これまで現象論的に扱われることの多かった大質量中性子星連星の降着系について、その3次元物理描像を与える重要な手掛かりになる結果である。また、さらなる大統計の観測提案にも成功し、観測データの取得も既に完了している。このデータは、Cen X-3の軌道位相2周分に相当するもので、あらゆる軌道位相および自転位相におけるスペクトルを取得するとともに、異なる軌道のスペクトルの違いを調査することも可能となる。そのため、大質量X線連星の物理描像の解明が大きく進むと予想される。 X線検出器開発の分野では、CCD検出器のパイルアップ対策を目的としたシミュレーションによる研究が大きく進展した。モンテカルロシミュレーションを用いたアプローチは、世界で初めてのもので、解析的な取り扱いが難しいパイルアップ問題に対して、有効な手段を提示することに成功した。受理された論文は、過去の衛星に搭載されたCCD検出器の観測データを解析したものとなっているが、これをXRISM衛星のCCD検出器に適用する準備も着々と進めており、2023年の打ち上げには余裕をもって完成する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度でも、中性子星の観測的研究およびX線検出器開発の研究の両方に取り組む。 中性子星の観測的研究では、大質量X線連星Cen X-3の新たな観測データの解析を行う。あらゆる軌道位相および自転位相におけるスペクトルを観測できているため、詳細なスペクトルの時間変動を調査する。さらに、連星系のジオメトリーを仮定した放射輸送モンテカルロシミュレーションを行い、スペクトルの現象論的パラメータと連星系の物理パラメータを結びつけ、その物理描像を確立する。特に、中性子星の見込み角の違いによるスペクトル変動をシミュレーションを用いて定量的に評価し、強磁場が逆コンプトン散乱にもたらす影響を解明する。これらの結果は投稿論文にまとめる予定である。 X線検出器開発の分野では、引き続きCCD検出器のパイルアップシミュレータの開発を進める。現状では、過去のX線天文衛星である「すざく」のパイルアップデータ解析のフレームワークが完成しており、XRISM衛星に適用するためには、検出器の違いによるシミュレーションパラメータの違いを調整する必要がある。XRISM衛星に搭載するCCD検出器Xtend-SXIは、複数の放射線源を照射した実験データがあり、これをもとにシミュレーションパラメータを調整することができる。この解析フレームワークをXRISM衛星の打ち上げまでに完成させるとともに、明るい天体の観測立案に本シミュレーションを活用し、パイルアップ度合いを評価する。
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