現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の目標である「ケイ酸塩メルト中の水の気泡核形成にメルト粘性が及ぼす効果の定量」からは完全に離れてしまったが、行き着いた先の「メルト中の水の飽和溶解度」という古典的かつ基本的なトピックにおいて新たな知見を見出すことに成功した。 具体的には、Stolper (1982) が提唱したケイ酸塩メルトと水の理想混合モデル (含水マグマをメルトの架橋酸素 O, 水分子 H2Om, ヒドロキシ基 OH の3成分の充填構造と見なし、混合すなわち溶解に際して溶解熱および体積変化は発生しないとする) が破綻している可能性に気づいた。その主な根拠として、(1) 溶解熱および体積変化が発生することが実験からわかっている (Richet et al., 2006; Ochs and Lange, 1999)、(2) 理想混合の仮定のもとに導出されたマグマ中の水の飽和溶解度の式 (Silver and Stolper, 1985) に飽和溶解度の実験測定値を代入して逆解きすることで求まる「水の部分モル体積」の値は負から正の広い範囲を取り不安定である ("ケイ酸塩メルト中の水の部分モル体積のパラドックス")、(3) ケイ酸塩と水は低圧で不混和領域を形成する、が挙げられる。 Stolper の理想混合モデルはその簡明さゆえに現在に至るまで広く使用されている。例えば、マグマ中の水の飽和溶解度を簡単に計算できるソフト "VolatileCalc" (Newman and Lowenstern, 2002) は Silver and Stolper (1985) の理論式に基づいて組まれており、これまでに1000回近く引用されている。しかし、本研究によって理想混合モデルが破綻していることが確実視される以上、このような計算ソフトの適用可能な温度・圧力範囲について見直す必要があると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
上記の問題を解決するためには、理想混合モデルで無視されていた「混合の非理想性」を適切に評価する必要がある。具体的には、ケイ酸塩メルト中の水の飽和溶解度の理論式において「メルト中の水の部分モル体積」を既知の値とすることで、H2Om の活量係数の挙動 (温度・圧力依存性) を明らかにする。続いて、混合モデルとして「非対称正則溶液」を選び、O, H2Om, OH の3成分のうち2成分がそれぞれ溶媒・溶質として混合する際に働くであろう相互作用パラメータの大きさを、広い温度・圧力の範囲で明らかにする。これを含水ケイ酸塩メルトのミクロな構造に関するX線回折の測定データや分子動力学シミュレーションの結果と照合することにより、高温・高圧下におけるケイ酸塩中の水の振る舞いについて、より深い知見が得られる可能性がある。 また、詳細に明らかになった H2Om の活量係数の温度・圧力依存性の情報を用いることで、これまでより正確に「メルト中の水の溶解熱」を計算することができるようになる。この量は実測例が極めて少なく測定データが離散的である (Richet et al., 2006) ため、メルト中の水の飽和溶解度の理論式から任意の温度・圧力で求められるようになることは有用であると思われる。この量の逆符号は水の離溶熱、すなわちマグマの発泡に伴って発生する熱を意味する。 火山噴火においてマグマの発泡と結晶化がマグマの物性や巨視的なダイナミクスに与える影響はこれまで非常によく調べられてきたが、熱的な効果、すなわち水の発泡や鉱物の結晶化に伴って発生する離溶熱や凝固熱によるマグマの温度や物性の変化、ひいては巨視的なダイナミクスに与える影響は考慮の余地が十分に残っている。上述の事項を調べることによって得られる知見は、このような研究に貢献すると考えられる。
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