研究実績の概要 |
令和2年度は,遺伝子発現データから細胞内シグナル伝達系のダイナミクスを推定する数理モデリングフレームワークBioMASS を構築した. 細胞内の生化学反応ネットワークを記述した数理モデル内で,ダイナミクスを形作る要素として,結合・解離などを表現する速度論的パラメータと時刻0におけるタンパク質の濃度を記述する初期値の2つが存在する.このうち,パラメータに関しては,反応に関わるmRNAやタンパク質の化学的性質のみに依存すると考え,細胞株間で共通と仮定した.一方で初期条件は,細胞株ごとの発現プロファイルを反映しているとし,遺伝子発現量情報を初期値に取り込むことにした. まず,ErbB受容体から早期転写制御までの反応過程を包括した数理モデルを,先行研究で論文化された数理モデルを統合することで構築した.次に,乳がんの4つのサブタイプを代表する細胞株であるMCF-7, BT-474, SK-BR-3, MDA-MB-231を上皮成長因子およびヘレグリンで刺激した際のタンパク質の活性化強度の時系列データを取得した.このうち,MCF-7, BT-474, MDA-MB-231の3細胞株の実験データおよびそれらの遺伝子発現データを用いて数理モデル中の速度論的パラメータを訓練した.最後に訓練されたパラメータセットを用い,SK-BR-3細胞株の遺伝子発現データを入力としてモデルのシミュレーションを行なった.その結果,遺伝子発現情報のみから定量的な細胞内シグナル伝達系のダイナミクスを再現した.最後に,本研究で構築したフレームワークを用いて,Aktシグナルが受ける影響を解析した.その結果,ErbBシグナル伝達系のアダプタータンパク質は,その量に応じてAktシグナルを正にも負にも制御しうることを明らかにした.以上の成果は,Cancers誌上で発表され, 大阪大学およびJSTからプレスリリースされた.
|