研究課題/領域番号 |
20J20229
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
徳田 将志 大阪大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
|
キーワード | トポロジカル超伝導体 / メゾスコピック系 / 量子干渉効果 / スピン輸送測定 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、薄膜のトポロジカル超伝導体に焦点を当てています。薄膜物質であれば、微細加工によって人工的にデザインしたメゾスコピック系の素子に組み込むことが可能です。メゾスコピック系とは、数ナノ~数マイクロメートル程度の微小な系のことで、量子力学的な効果を人工的に制御しながら観測することができます。そのような素子を用いることで、輸送測定から超伝導秩序変数の情報が得られます。 トポロジカル超伝導体にはカイラル超伝導体とヘリカル超伝導体の2種類が存在します。本研究課題では、メゾスコピック系の素子においてそれぞれに特有の輸送現象を観測することでトポロジカル超伝導体の新しい分類方法を確立し、それらの物性を制御することを目指しています。 令和2年度は、カイラル超伝導体の候補物質であるBi/Ni薄膜に着目しました。Bi/Ni薄膜はトポロジカル超伝導体の有力な候補として研究が進められてきた物質ですが、理論に比べて実験的研究は進展していませんでした。そのため、はじめにコヒーレンス長や侵入長といった、超伝導体をメゾスコピック系に導入するための長さスケールの目安を調べました。その中で、超伝導が破壊される磁場である上部臨界磁場の測定を行い、得られた上部臨界磁場の温度依存性や角度依存性が従来型超伝導体の理論では説明できないものであり、Bi/Ni薄膜がトポロジカル超伝導体であることと矛盾しないことがわかりました。 次に、Bi/Ni薄膜を微細加工し、リング状の素子を作製しました。本実験では、超伝導体リングを貫く磁束が量子化する現象を利用し、Bi/Ni薄膜の超伝導の分類を試みました。量子化した磁束がリングを出入りする際にリングの抵抗が周期的に変化しますが、その抵抗の振動の位相は超伝導の種類によって異なります。作製した素子で測定を行ったところ、Bi/Ni薄膜がカイラル超伝導体であることを示唆する結果を得ました。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
令和2年度は、トポロジカル超伝導体の候補であるBi/Ni薄膜を対象に、トポロジカル超伝導体に特有の量子現象を観測することを目指して研究を進めました。量子力学的な現象を観測するためには物質をメゾスコピック系の素子に組み込む必要がありますが、Bi/Ni薄膜に関してそのようなノウハウは確立されていませんでした。まずはBi/Ni薄膜の基本的な物性を調べることから始め、微細加工を用いた素子作製を可能にしました。その過程で得られた上部臨界磁場の温度依存性や角度依存性、コヒーレンス長や侵入長といった各物理量はBi/Ni薄膜においてはこれまで未報告であっただけでなく、従来型超伝導の理論では説明できない結果でした。これらの結果について現在論文の投稿準備を進めており、これは当初の計画にはなかった成果です。そして、微細加工によって作製したBi/Ni薄膜のリング状の素子において、実際に磁束の量子化という量子力学的な現象の観測に成功しました。その結果、印加する磁場に対しての抵抗の振動の位相が従来型超伝導に比べて半整数磁束分だけずれていることがわかりました。これはトポロジカル超伝導体で期待される磁束依存性と一致しており、Bi/Ni薄膜がカイラル超伝導であることを示唆する結果です。 さらに本年度はもう一歩踏み込んで、リングの一部を細く絞って超伝導量子干渉計(SQUID)を作製しました。SQUIDにおいては、印加する電流や磁場の大きさに依存して、従来型の超伝導体で観測される抵抗振動と、半整数磁束分位相がずれた抵抗振動を観測しました。これは、電流や磁場といった外部のパラメータでトポロジカル超伝導の量子現象が制御できる可能性を示唆しており、本研究課題の達成に大きく近づく成果です。 このように、当初の計画に沿った成果に加え、予期していなかった成果が得られたので、「当初の計画以上に進展している」を選択しました。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでに行った実験で、Bi/Ni薄膜がトポロジカル超伝導体であり、その量子現象が外部パラメータによって制御可能であることが示唆されました。これらの成果については現在トポロジカル超伝導の理論を専門とされている研究者と議論を重ねている段階ではありますが、トポロジカル超伝導体の位相現象の理解に大きく貢献する可能性があります。今後はそれらの実験結果の再現性を慎重に確認し、従来型超伝導体であるNbや、銅酸化物高温超伝導体のYBCOといった異なる種類の超伝導体を用いて対照実験を行い、Bi/Ni薄膜がカイラル超伝導体であることの実証を目指します。さらに、ヘリカル超伝導体のWTe2やFe(Se, Te)に対しても同様の量子干渉実験を行い、ヘリカル超伝導体に特有の現象やカイラル超伝導体との違いを観測します。 次に、トポロジカル超伝導体を対象にスピン輸送測定を行います。カイラル超伝導とヘリカル超伝導はそれぞれ異なるスピン偏極を伴った特徴的な表面状態をもつので、スピン輸送現象にそれぞれ特有の変調が観測されることが期待されています。既にカイラル超伝導体の候補であるBi/Ni薄膜の常伝導状態におけるスピン輸送測定を行ったので、超伝導状態についても同様に実験を行い、スピン拡散長やスピン緩和時間といったスピンに関するパラメータの定量的な評価を行います。また、ヘリカル超伝導体に対しても同様に実験を行い、スピン輸送の観点からトポロジカル超伝導体の分類や物性制御を試みます。 得られた量子干渉測定やスピン輸送測定の実験結果を基に、トポロジカル超伝導体における位相現象やスピン輸送現象を系統的に理解し、本研究課題の最終目標である超伝導の位相をスピン流で制御する新奇な量子デバイスの創製を目指します。
|