最終年度である本年度は、分子集合系内でのシングレットフィッション(SF)現象を記述するために重要な要素である原子核運動の効果を(i)分子内振動と(ii)分子間振動の場合について検討した。(i)分子内振動に関しては、代表的なSF分子系であるオリゴアセン系へのヘテロ置換が、分子内振動の変化を通じて振電相互作用と電子ダイナミクスに与える影響を検討した。その結果、窒素原子の導入により、電子状態と特定の分子内振動との相互作用が強くなること、ならびにその機構を解明した。さらに、フロンティア軌道エネルギーが顕著に変化する位置への窒素原子導入が、SFによる相関三重項対(TT)状態の生成を高速化させることを明らかにした。(ii)分子間振動に関しては、分子間振動による分子間相対配置の揺らぎがSF現象に与える影響を検討した。これを明らかにするため、分子の集団運動を古典論的に考慮した量子-古典ハイブリッド型のエキシトンダイナミクス計算・解析手法を新たに構築した。ペンタセン結晶モデルに対して分子間振動を考慮した結果、非常に短い時間スケールで励起状態の量子的な重ね合わせ状態が崩壊し、TT状態が高速に生成する機構を解明した。さらに、分子集合系の電子状態と相互作用する分子間振動の様式に依存した励起状態緩和過程を明らかにした。 以上の取り組みによって、SF現象そのものの機構解明、ならびに、SFへの静電場印加効果の解明に成功した。構築した理論枠組みや得られた成果は、新規SF物質材料の創成や新規機能の開拓にも大きく貢献すると期待される.
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