研究課題
本研究は、太平洋側北極海の海底堆積物中の珪藻類休眠期細胞に着目し、海氷変動といった環境に対する珪藻類群集への影響を明らかにすると共に、これまで北極海では研究が為されてこなかった珪藻類休眠期細胞の機能について知見を深めることを目的としている。本年度は特に、(1)堆積物試料を用いて室内培養実験を行い、珪藻類休眠期細胞の発芽が水柱の基礎生産へ与える影響を明らかにする、(2)秋季の太平洋側北極海の水柱における珪藻類休眠期細胞の分布を明らかにする、ことをテーマとして研究に取り組んだ。(1)に関して、前年度の秋季に行われたJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」による北極航海で得られた堆積物試料を用いて室内実験を行った。本実験では、堆積物の懸濁溶液を、強光または弱光条件の下で7日間培養し、培養期間中、植物プランクトン色素と細胞数カウント用の試料を採取すると共に、光化学系IIの光化学反応の最大量子収率(Fv/Fm)の測定を行った。また、実験開始0、1、4、7日後には光合成-光曲線実験を行い、炭素固定速度を測定した。その結果、堆積物中の珪藻類休眠期細胞は光が照射されてから数時間以内に炭素固定を行なっており、細胞は光に順応しながら、光照射後数日で光合成炭素固定速度が急増することが明らかとなった。本実験の結果は現在、国際学術誌への投稿準備中である。(2)に関して、上述の北極航海において採取した海水試料について、昨年に引き続き、走査型電子顕微鏡(SEM)と次世代シークエンサー (NGS) による珪藻類群集の分析を進めた。SEMによる観察の結果、秋季の太平洋側北極海には、休眠期細胞の割合が比較的高い珪藻類群集が存在する海域があることが明らかとなった。また、NGSによる解析は、引き続き進行中である。
2: おおむね順調に進展している
研究計画で予定していた通り、太平洋側北極海の堆積物を用いて室内培養実験を実施し、十分な結果を得られた。本実験の内容は、現在国際学術誌への投稿準備中であり、更なる解析を進める予定である。また、前年度の北極航海で採取した海水試料について、走査型電子顕微鏡での観察を全て終了させた。さらに、同試料に対する次世代シークエンサーによる解析も計画的に進行しており、本年度前半に終了する予定である。これらの進捗状況より、本研究は、ほぼ計画通りに遂行されており、おおむね順調に進展していると判断した。
本年度行った室内実験から、太平洋側北極海の陸棚域では、堆積物が再び水柱内へ放出されることにより珪藻類休眠期休眠期細胞が速やかに基礎生産の「タネ」となり得る可能性が示された。次年度は、本実験データの解析を進める。具体的には、光合成-光曲線実験から得た光合成パラメーターと光化学系IIの光化学反応の最大量子収率、植物プランクトン色素の結果を比較することで、珪藻類休眠期細胞の発芽時における生理学的応答の理解に努める。また、本実験結果の内容を、国際学会および国際学術誌で発表することを目指す。さらに、太平洋側北極海と同じ季節海氷域であるオホーツク海における、海底堆積物中の珪藻類休眠期細胞群集と春季ブルーム期の海水中珪藻類群集を解析する予定である。本海域における海底堆積物中と海水中の珪藻類群集を明らかにすることで、季節海氷域において堆積物中の珪藻類休眠期細胞が春季ブルームに対して果たす役割を現場観測に基づいて明らかにすることを目指す。また、海底堆積物中の珪藻類休眠期細胞群集について海域間比較を行うことで、太平洋側北極海陸棚域の当該群集の特性を考察する。加えて、本年度に引き続き、太平洋側北極海の秋季の海水中における珪藻類休眠期細胞の分布解析を進める。具体的には、2020年の秋季に行われたJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」による北極航海で得られた海水DNA試料について、次世代シークエンサー(NGS)解析を進める。その後、得られたすべてのデータを解析するとともに、本年度得た走査型電子顕微鏡(SEM)での珪藻類カウントデータや、各種環境パラメーターデータを合わせて統計解析を行い、秋季の太平洋側北極海における珪藻類群集の動態を総合的に評価する予定である。また、すべての実験・観測結果をまとめることで、太平洋側北極海における、珪藻類休眠期細胞を含む海洋生態系基盤を包括的に解明することを目指す。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)
Journal of Geophysical Research: Oceans
巻: 126 ページ: e2021JC017223
10.1029/2021JC017223