伝西行筆『山家心中集』の筆者は、先行研究で全三筆から全四筆に分類されているが、その分類の方法はどれもが字形によるものが多く、また、研究者ごとに筆者分類の範囲に相違が生じている。字形を精査すると、筆跡が同一であるとされる範疇においても、字形には相違が見られ、第一種の字形が第二種の字形の影響を受けているような部分も確認できた。さらに第三種部分等においては範囲が狭いため比較する文字の母数が少ないことが問題であった。字形による分類は、筆者特定に関して非常に重要な指標ではあるが、字形という一つの観点のみで分類を完了することには問題が生じる。そこで字形のほかに、また別の指標を設定し検討することで、多角的に筆者を分類できると考えた。筆者分類の指標は以下の通り。一、墨の継ぎ方:墨を多く含んだ文字と、墨が少なくなってきた文字の太さや大きさがどのように変化するか 二、掠れ方:どのような筆を使用して書写活動を行ったか 三、文字の震え :文字の震えの有無とその特徴 字形に拠らない指標を設定し分類した結果は、先行研究にみられた筆跡分類における筆者の担当範囲の揺れを一つに裏付けることができた。字形以外に個人差が見られる筆跡の特徴を明確に指標化することで、より客観的に筆者の分担範囲の特定が可能になる。つまり、ここで示した指標は、筆者分類を行う上で、筆跡分類と同様に有効な指標であるといえる。筆者分類の指標として字形を中心に考えることは非常に重要だが、当該私家集のようにいわゆる「西行風」をよくするような、筆跡が似通った人物が集って書写した場合、字形という指標のみで筆者を判断することには問題が生じると考える。本指標は、字形だけでは判定しにくい部分を補いうるものであり、筆者を分類するのに有効であることを示すことができた。
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