研究課題/領域番号 |
20J20583
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研究機関 | 京都府立大学 |
研究代表者 |
中林 ゆい 京都府立大学, 生命環境科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 共生関係 / 防衛共生 / 寄生 / 地理的変異 |
研究実績の概要 |
相利共生は互いに利益をもたらす種間関係である一方,関係の維持には多大なコストもかかるため,種間関係が不要な時には共生関係を解消できる方が得策である.たとえば,近年多くの生物が分布域を拡大しているが,侵入先の周囲の生態環境に合わせて共生関係を柔軟に解消すれば,その分のコストを新しい環境での生存,繁殖に利用できるため,共生関係の柔軟性が新しい環境への定着に寄与していると考えた.そこで本研究では,共生関係を持ちながらも現在分布域を広げているムラサキシジミ(鱗翅目:シジミチョウ科)とアリ,幼虫期の主要な天敵である寄生蜂との3者関係をモデルに,「共生関係の柔軟性が,新しい環境への定着に寄与する」という仮説を検証した.ムラサキシジミ幼虫はアリに報酬として蜜を与え,アリに寄生蜂を排除させている.従来の分布域(鹿児島,京都)と分布北限付近(仙台)でムラサキシジミ幼虫の寄生率を調査した結果,鹿児島,京都では半数ほどの幼虫が寄生によって死亡していたのに対し,仙台集団からは寄生者が一切出てこなかった.そこで,野外調査と室内実験によって3集団のアリ随伴率を比較した結果,仮説通り,仙台集団は他集団よりもアリを随伴できた個体の割合が有意に少なかった.また,室内での発育実験の結果,京都,仙台集団ともに,アリを随伴した幼虫は随伴していない幼虫よりも有意に発育期間が延長した.以上の結果から,寄生者のいない仙台では,ムラサキシジミ幼虫が余分な共生関係を解消し,その分のコストを幼虫期の発育に投資していることが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
従来の分布域(鹿児島,京都),現在の分布北限(仙台)の3地域において,ムラサキシジミ幼虫の寄生率を調査した結果,鹿児島,京都集団は約半数の幼虫が寄生によって死亡していたが,仙台集団からは寄生者が一切得られなかった.野外調査と室内実験の結果,仙台集団は鹿児島,京都集団よりも有意にアリ随伴率が低かった.室内での発育実験の結果,京都,仙台集団ともに,アリを随伴した幼虫は随伴していない幼虫よりも有意に発育期間が延長した.以上の結果から,寄生者のいない仙台では,ムラサキシジミ幼虫が余分な共生関係を解消し,その分のコストを幼虫期の発育に投資していることが示唆された.さらに,現在はムラサキシジミ幼虫の共生関係の強度が遺伝的な要因と表現型可塑性のどちらで規定されているのかを探索している.予備実験の結果,京都,仙台集団ともに,絵筆で刺激を与えられた(天敵からの攻撃を模した)幼虫は与えられていない幼虫よりもアリ随伴率が高くなった.つまり,普段はアリ随伴率の低い仙台のムラサキシジミ幼虫も,何らかの外部刺激を受容すると可塑的にアリ随伴性を高められる可能性が確認できている. 野外調査,室内実験ともに概ね当初の予定通りに進められている.今後の研究の進めかたについても指導教官と相談しながら明確に方針が定められている状況である.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの実験の結果から,寄生者のいない仙台のムラサキシジミ幼虫は,京都,鹿児島集団よりもアリ随伴能が低いことがわかっている.そこで今後は,ムラサキシジミ幼虫の共生関係の強度が「遺伝的な要因」と「表現型可塑性」のどちらで規定されているのか,そのメカニズムを野外調査と室内実験で明らかにする予定である.野外調査では,室内で孵化させた京都,仙台由来のムラサキシジミ幼虫を絵筆によって野外の他のシュートに移動,または幼虫が接地している葉ごと他のシュートに移動させ,元々野外にいた幼虫とアリ随伴率を比較する.絵筆による刺激は天敵からの攻撃を模している.昨年度の予備調査の結果では,京都,仙台ともに絵筆による刺激を与えられた幼虫の方がアリ随伴率が有意に高かったことから,ムラサキシジミ幼虫は外部刺激によって可塑的にアリ随伴性を高められる可能性が確認できている.また,室内実験では野外調査と同様に,絵筆による刺激を与えた幼虫と与えなかった幼虫のアリ随伴率に加え,蜜の分泌回数を比較する予定である. さらに,仙台のムラサキシジミはアリを随伴する個体が少ないことがわかっているので,アリに随伴に関わる領域の集団構造と表現型がリンクすると考えられる.そこで,全国各地のムラサキシジミ幼虫で随伴実験を行い,Rad-seqを行う予定である.昨年度の予備的な実験では,集団解析に十分な配列を取得できた.
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