本研究では,分布を拡大している生物が侵入先で新しい種間関係をどのように構築するのかを明らかにするために,鱗翅目シジミチョウ科のムラサキシジミを中心とした種間関係に注目した.本種は元々西日本を中心に分布していたが,現在は宮城県仙台市まで分布を拡大している.また,幼虫期にアリに蜜を与えて捕食寄生者等の天敵を排除させる防衛共生を持っている.
前年度までの結果から,(1) 共生関係の構築は若齢期のムラサキシジミ幼虫の発育にコストになること,(2) 捕食寄生者の多い従来からの分布域の集団と比べ,捕食寄生者から逃れている分布北限域のムラサキシジミ幼虫はアリと関係を構築している個体の割合が低いことが明らかになっている.つまり,侵入先で余分な共生関係を解消することが新しい環境で集団サイズを拡大することに寄与している可能性が考えられる.そこで本年度は,共生関係の強度が規定される要因をより詳細に明らかにするために,共生強度が可塑的に変化するか否か,集団構造がどの程度異なるかを調査した.
野外での移植実験の結果,分布北限域由来の幼虫であっても,天敵の密度が高い従来からの分布域に移植すると従来からの分布域由来の幼虫と同等に高頻度で共生関係を構築することが明らかになった.つまり,分布北限域の集団は共生関係を構築できないわけではなく,周囲の環境に応じて共生強度を柔軟に変化させられる可能性が考えられる.また,GRAS-Di解析を用いてゲノムワイドに集団構造を比較した結果,分布北限域由来の個体と従来からの分布域由来の個体では異なるクレードに含まれていることが多かった.以上より,共生関係の強度は可塑的に変化させられるが,その程度は遺伝的に規定されており,分布北限域の集団には可塑性の程度が大きい個体が多く含まれている可能性が示唆された.
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