本研究課題では運動による腹部大動脈瘤(AAA)の進行抑制作用に着目し、運動がAAAの病態に及ぼす影響についてマウスモデルを用いて検討している。本年度ではAAA形成の契機となる血管壁の炎症に対する運動の影響を検討した。この検討のために、RNA-sequencingを用いた大動脈組織のトランスクリプトーム解析を行い、AAA誘導や運動による遺伝子発現の変化を網羅的に検討した。トランスクリプトーム解析の結果、心血管組織における炎症の抑制に関連すると示されている遺伝子群の発現がAAA誘導にともなって顕著に低下することが示された。運動を行ったマウスと行っていないマウスを比較すると、それらの発現低下が運動を行ったマウスでは軽減することが見出された。使用しているAAAモデルにおける炎症の惹起には炎症性サイトカインが関与する。血管平滑筋細胞培養系を用いた検討では、特定の炎症性サイトカインの濃度依存的に炎症抑制に関連する遺伝子の発現が減少することが観察され、血管における炎症惹起に同期した炎症抑制機構の下方制御が示唆された。本課題のこれまでの観察結果より、運動がその下方制御を軽減する可能性が考えられた。現在、上記遺伝子群の特定の遺伝子を欠失するマウスを用いて、AAAにおけるその役割と運動による炎症減弱への関与を検討している。また、副次的な成果として、運動による血管内皮機能改善に関わるvasoprotectiveなペプチドのangiotensin (1-7)に注目した検討で、angiotensin (1-7)の産生を促進する薬剤がAAAの進行を減弱することを示した。この検討から、運動のAAA形成抑制作用に関わる分子として、angiotensin (1-7)にも着目する意義を見出している。
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