研究課題/領域番号 |
20J21226
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
西郷 将生 九州大学, 理学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 時間分解赤外分光 / 熱活性化遅延蛍光 / 励起状態構造ダイナミクス / レーザー分光 / 量子化学計算 |
研究実績の概要 |
直線型ドナー・アクセプター分子と多重共鳴(MR)効果を利用した熱活性化遅延蛍光分子の励起状態ダイナミクスを明らかにした。査読付き論文(J. Chem. Phys.)および査読無し論文(ChemRxiv)にそれぞれ投稿し公開された。 直線型ドナー・アクセプター分子において、分子内回転がスピン変換過程に与える影響を調べた。ドナー・アクセプター部位が共有結合で結ばれ分子内回転が抑制されているHMAT-TRZと、ドナーとアクセプターが比較的動きやすいDMAC-TRZを対象分子とし、時間分解赤外分光法および量子化学計算を用いて、励起状態構造ダイナミクスを調べた。HMAT-TRZは回転が抑制されているため、最高占有軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)の重なりが大きい構造を基底状態、励起状態ともに保っていることを実験的・理論的に確認した。このことにより、一重項状態からの輻射失活が起こりやすく熱活性化遅延蛍光を起こしにくいことが分かった。一方で、DMAC-TRZでは比較的分子内回転が起こりやすいため、HOMO-LUMOの重なりが大きい構造と小さい構造を基底状態・励起状態で取りうることが明らかになった。この揺らぎのためにTADF過程に必要な最低一重項状態と最低三重項状態の間の小さなエネルギー差と、発光するために必要なHOMO-LUMOの重なりを同時に達成することができることが分かった。 MR型のTADF材料についてもその励起状態構造を調べた。MR型TADF分子として初期から研究が行われているDABNA-1を対象分子として、上記の研究と同様の手法で励起状態構造を明らかにした。DABNA-1は基底状態や励起状態において構造の変化が小さく、そのことがDABNA-1の特徴である狭帯域発光の起源であることを実験的に初めて確認した。 またこれまでの研究成果について分子科学討論会での口頭発表も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでとは異なるタイプの直線型ドナー・アクセプター分子や多重共鳴効果を利用した熱活性化遅延蛍光材料について時間分解赤外振動分光および量子化学計算を用いた解析を行った。これまでに蓄積した測定のノウハウを十分に活かし新たな知見を得ることに成功した。同時に量子化学計算も用いて励起状態における振動スペクトルの有用な計算条件などの検討も十分に行うことができた。さらにその結果について、査読誌(J. Chem. Phys.)に1報、査読無し論文(ChemRxiv)に1報、報告することができた。これは今年度の研究計画に記載した通りであり、本研究課題は順調に遂行することができている。 また2年目の研究計画で予定していた固体における時間分解測定にもすでに取り組んでおり、その研究成果について分子科学オンライン討論会において口頭発表を行った。
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今後の研究の推進方策 |
熱活性化遅延蛍光材料の固体状態の測定やホールバーニング分光に挑戦する。可視・近赤外領域の過渡吸収分光装置の開発に取り組む。開発した過渡吸収装置を用いて、ホールバーニング分光を行う。ホールの幅および過渡変化を観測することで、分子のおかれた環境の不均一を定量的に明らかにする。さらにTR-IRスペクトルをさまざまな励起波長で測定し、どのような分子構造が逆項間交差過程を発現しているのかを調べる。また、常温で行って振動のピークが十分に分離できない場合は低温での測定も試みる。発光の量子効率測定や時間分解発光測定についても励起波長依存に注目しながら、発光特性の機能発現との関連を調べる。 さらに三重項三重項ーアップコンバージョンを起こす有機分子のスピン変換過程についても系を拡張して研究を行う。熱活性化遅延蛍光過程はT1がS1に熱的に励起されアップコンバージョンする過程であるが、三重項三重項消滅アップコンバージョンは2つのT1状態の分子が衝突することによって1つのS1状態とS0状態が生成される過程である。熱活性化遅延蛍光と三重項三重項アップコンバージョンに共通する点は、三重項状態がスピン変換過程に重要な役割を担っているにもかかわらず、その詳細な機構が必ずしも明らかになっていないという点である。これまでに培った測定ノウハウを活かし、これらの機構解明にも取り組む。三重項三重項アップコンバージョン過程を示す分子として古くから研究が行われている白金ポルフィリン錯体(ドナー)とジフェニルアントラセン(アクセプター)の系などを対象に行う予定である。
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