研究課題
近年、育種の効率化に寄与する手法としてゲノミック選抜 (GS) が注目されており、実際の育種現場でも応用されはじめている。GSにおける個体選抜は、ゲノミック予測 (ゲノム情報から目標形質の表現型値を予測する手法; GP) の予測値に基づいて行われる。そのため、選抜効率を向上させるためさまざま予測モデルが提案されてきたが、実際にはモデルの予測精度そのものよりも、予測結果を用いてどう選抜・交配などの意思決定を行うかということが、最終的な遺伝的改良に大きな影響を与える。そこで本研究では、選抜・交配戦略などの育種における意思決定の最適化を目的とした研究を行なっている。同研究においては、各交配組に割り当てる次世代個体数を決定する戦略をパラメタライズし、関連するパラメータを最終的な遺伝的改良が最大となるように最適化を行った。なお同最適化は、StoSOOとよばれるブラックボックス関数最適化手法により達成された。StoSOOアルゴリズムでは、関数形が明示的に表せない、確率的な関数に関して、関数の評価を決まった回数行うことで、その評価回数内での目的関数の大域的な(準)最適解を得ることができる。本研究では、表現型を支配するマーカー効果が既知である場合に、StoSOOによる交配戦略パラメータ(=各交配組への次世代個体数の割り当て)の最適化に成功し、最適化しない(=各交配組に等しく次世代個体数を割り当てる)場合と比較して、最終的な遺伝的改良の度合いが向上することが示された。また、交配戦略の最適化を行う際に、既存の選抜指標に加えて、交配後代の遺伝分散を利用することで、より長期的な育種に有利となる交配組に重みを置くことが可能となり、結果として最終的な遺伝的改良の度合いがさらに向上した。同内容に関しては、現在論文執筆中で、国際学会の招待講演での発表も予定している。
2: おおむね順調に進展している
従来の育種法では、育種家により評価された表現型に基づいた意思決定を行うため、一般に新品種の作出に長い年月がかかってきた。ゲノム情報から表現型を予測し、その予測値に基づく選抜を行うゲノミック選抜は、一度モデルの構築を行えば、表現型の評価をせずとも客観的な選抜が行えるため、育種の効率化・高速化への寄与が期待されている。しかし育種計画を進める上では、各個体の客観的な評価を行うことと同等かそれ以上に、選抜・交配に対する適切な意思決定を行うことが重要である。今年度行った研究では、既存の選抜指標を選抜だけでなく、各交配親に割り当てる次世代個体数の決定に応用し、さらにどの選抜指標をどれだけ重要視するか、ということについて最適化を行った。また、こうした既存の選抜指標のアップグレードにとどまらず、交配後代の遺伝分散も各交配組の次世代個体数の決定に利用した。これにより、より長期的な育種に有効な交配組を重視することが可能となり、結果として、真のマーカー効果を想定した場合には、最適化を行わず次世代個体を等しく割り当てる時と比較して、最終的に作出される品種の遺伝的能力が飛躍的に向上することを示した。一方で、実際の育種を想定した、推定したマーカー効果に基づく最適化は、収束がうまくいかないため、現在はこのようなモデルの推定精度が低い場合の最適化問題に精力的に取り組んでいる。同手法は育種における意思決定にデータ科学を応用した画期的な研究であるといえる。一方で、現時点では、同手法は未だ実用ベースには移されておらず、今後より実際の育種を意識した研究成果が求められる。以上のことから、総合的に「おおむね順調に進展している」と判断した。今後は、これら成果の早期論文化が望まれる。
上述の通り、真のマーカー効果に基づく各交配組に対する次世代個体数の割り当てに関する最適化には成功したものの、現段階では予測モデルの精度の問題から、推定したマーカー効果に基づく既存指標の最適化には成功していない。そこで、モデルの推定精度が与える影響を調べつつ、推定されたマーカー効果を用いた際の最適化の精度の向上に努めることとする。具体的にはロバスト最適化とよばれる手法を用いる。ロバスト最適化では、マーカー効果の推定がばらつき、対応する目標値もばらつくときに、その最悪のケース(=最小値)を関数の出力として最適化を行うことで、推定精度が高くない場合においても頑健な最適化が行える。また、現在最適化にかかる計算時間がネックとなっているため、より収束の速い、局所的最適化手法の応用についての検討も行う。候補として、進化戦略の一種であるCMA-ESとよばれる手法の適用を考えている。CMA-ESでは、多変量正規分布からの抽出による候補解の生成と、その平均と共分散行列の更新を繰り返すことで、効率的に最適化を進めることができる。CMA-ESによる最適化の高速化が実現すれば、より多くの選抜指標に関する最適化や、異なる性質を持つ育種関連パラメータの最適化など、複雑な最適化問題に応用できることが期待される。さらに、実際の育種においては各世代でゲノム・表現型情報が更新されるため、計算時間に関する問題が解決されれば、最終的には、データの更新に伴って最適化を毎世代行い直せるため、最終的には、逐次的な意思決定が行えるという仮定の下で、育種計画の最適化のさらなる有効性についてシミュレーション研究を行っていく予定である。
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Theoretical and Applied Genetics
巻: 135 ページ: 35~50
10.1007/s00122-021-03949-1