研究課題
本研究では、ペロブスカイトCaIrO3を対象物質として、強相関領域における新奇トポロジカル電子相の探索とその電子相の包括的な理解を目指す。ペロブスカイトCaIrO3は電子相関効果が強いモット転移近傍に位置するトポロジカル半金属として理論的に提案され、近年では単結晶CaIrO3において高移動度ディラック電子による輸送特性が報告されたことから注目を集めている。CaIrO3では強い電子相関効果が働いた結果として低キャリア密度の系となっており、10 T以下の比較的小さな磁場によって量子極限と呼ばれる状態を実現することができる。量子極限においては、磁場による量子閉じ込め効果によって電子は磁場方向に擬一次元的に閉じ込められると考えられ、強相関ディラック電子の一次元状態において新規電子相が現れる可能性がある。実際に理論的な先行研究においてはアクシオン電荷・スピン密度波相や朝永ラッティンジャー液体相の可能性が指摘されているが、実験的には候補物質が限られており十分な探索が行われてこなかった。本研究では、CaIrO3の量子極限における電子状態を明らかにするために、東京大学物性研究所の国際強磁場施設を利用して55 Tまでの強磁場下における電気抵抗測定を行った。磁気抵抗は低磁場で量子振動を示し、6 Tで量子極限に到達した。そして、量子極限に到達した後の10 Tにおいて磁気抵抗は急激な立ち上がりを示し、1.4 K, 18 Tにおいて磁気抵抗比で3,500 %という巨大磁気抵抗を示した。さらに強い磁場下では磁気抵抗は減少に転じた。さらにCaIrO3のランダウ準位に関して理化学研究所との共同研究により数値計算を行った。計算結果と実験結果を組み合わせることにより、この磁気抵抗の磁場依存性は量子極限における電荷密度波の形成によって説明できる可能性を見出した。この研究結果は論文にまとめている段階である。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度の研究計画の中心であったCaIrO3の量子極限における電子状態の探索は予定通りに進展させることができた。55 Tまでの強磁場下におけるCaIrO3の電気抵抗測定の結果とランダウ準位の計算結果を組み合わせることにより、CaIrO3の量子極限において電荷密度波相が実現している可能性を見出した。さらに、CaIrO3の非線形伝導測定を行い、量子極限においてのみ弱い非線形性が現れることを明らかにした。この弱い非線形伝導性はCaIrO3の量子極限における電荷密度波が長距離秩序を示さず短距離で秩序化していることを示唆していると考えられる。CaIrO3は低キャリア密度の系であり、それに伴い予想される電荷密度波の周期が格子定数に対して大きいことが関係している可能性がある。このように、強相関ディラック半金属であるCaIrO3の量子極限における電子状態に関する知見を得ることができた。さらに、最近ではCaIrO3へのドーピング効果に関する研究も進めている。ドーピングを施すことにより、フィリング制御やバンド幅制御を行うことができ、より系統的な研究を行うことが可能となる。これまでにドーピングをしたCaIrO3試料を作製しており、今後の試料の単結晶化や物性測定につながる結果が得られている。以上の結果を踏まえると、本年度の研究は当初の計画以上に進展していると結論できる。
今後はCaIrO3にSrやLa、Naなどの元素で化学置換を行うことで電子相関効果やフィリングに対する依存性を調べ、強相関領域における新規電子相について系統的な研究を行う。特にCaIrO3の量子極限における電荷密度波に対するドーピング効果は興味深い課題である。このように物質開拓を進めると同時に、熱電測定や超音波測定といった様々な測定手法を用いて、CaIrO3の機能性を探索するとともにその電子状態に関するより深い理解を目指す。
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Physical Review B
巻: 103 ページ: 1~5
10.1103/PhysRevB.103.L041109