研究課題/領域番号 |
20J21362
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中村 絢斗 東京大学, 情報理工学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 化学走性 / 細胞性粘菌 / 細胞形状 / 推定効率 / 相互情報量最大化 |
研究実績の概要 |
本研究では、自ら動くことで外界の認識効率を高める探索行動が、生物においてどれほど効率よく、またどのような仕組みで実装されているのかを、細胞性粘菌の化学走性を例に明らかにすることを目指している。細胞性粘菌は、環境中のリガンド濃度の勾配を細胞表面にある受容体を通して認識しており、同時に仮足を形成して細胞の形状を複雑に変化させながら移動している。細胞形状の違いは受容体の空間的な配置、ひいては環境の観測の仕方の違いをもたらし、濃度勾配の推定効率に影響することが示唆されている。しかし、細胞がその形状を自ら時空間的に制御することで推定効率を改善しうるのかについては十分議論されていない。そこで本年度は、細胞形状の制御が推定効率を高める可能性と、推定に基づく移動方向の分散的な決定則を検討する計画であった。 本年度までに、細胞形状を考慮した数理モデルを構築し、細胞形状制御が推定効率を高める可能性を示唆する結果を得た。具体的にはまず、細胞が方向未知の濃度勾配に置かれ、細胞の各方向の表面における濃度が受容体を通して確率的に観測される状況をモデル化した。確率的な観測の時系列に基づいて細胞は形状を制御できると仮定し、相互情報量最大化の観点から推定効率を高めうる細胞形状制御のアルゴリズムを提案した。提案したアルゴリズムを数値シミュレーションすることで、細胞形状を固定した場合に比べて、制御した方が推定効率の高くなる条件が存在することがわかった。 一方、推定効率の改善度合いは比較的小さく、また制御することでむしろ推定効率が悪化する条件も存在する。加えてアルゴリズムが示す細胞形状は比較的単純であり、細胞性粘菌の形状をうまく説明できない。今後は、アルゴリズムの改良、濃度勾配の設定の変更、当初計画していた細胞の移動の考慮などを進めることで、細胞形状を制御する意義がより明らかな状況は存在するのか検討する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、細胞形状の変化が濃度勾配の推定効率を高めうるか考察するための数理モデルを構築し、細胞形状を制御することで推定効率が改善する可能性を見出している。また本年度までに考察した問題設定から導出される細胞形状の制御アルゴリズムでは、推定効率の改善の程度が比較的小さく、また実際の細胞形状の時空間パターンを再現できないことがわかってきた。このことから、細胞形状パターンの適応的意義を議論するには、問題設定やアルゴリズムの導出にさらなる工夫を要することが明らかとなった。このように、当初目標としていた移動や分散性を考慮したアルゴリズムの提案までは至らなかったものの、解析を着実に進めることで本研究の目的に内在する課題を明確にすることができている。また本年度までに構築したモデルとアルゴリズムは移動の最適性を扱うための足がかりにできるため、次年度以降の計画に大きな影響はないと考えられる。よっておおむね順調に進展していると評価している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までの問題設定とアルゴリズムでは、細胞形状の制御による推定効率の改善が比較的小さいことと、実際の細胞形状の時空間パターンを再現できないことが明らかになっている。細胞形状のパターンの適応的意義を考察するために、まずこの2つの課題を解決するような問題設定やアルゴリズムを見いだすことが今後の指針となる。 問題設定については、濃度勾配の設定の変更や移動の最適性の考慮が考えられる。本年度までは、定常で空間的に単調な増大を示す濃度勾配を設定した。この設定を、時間的に変化したり空間的に複雑な増減を示す濃度勾配に変更することが考えられる。移動の最適性については、本年度までのモデルから移動を許すように拡張し、濃度勾配に沿った移動距離等の目的関数を適切に設定して議論を進める。 アルゴリズムに関しては、現在と未来の効用のバランスを考えるように改善することが考えられる。本年度のアルゴリズムは、細胞形状を変化させることが未来における推定に与える影響を無視するような単純化の元に導出している。未来への影響も考慮した最適化を行えるように、最適制御理論や強化学習におけるベルマン方程式を利用してアルゴリズムを改善することが考えられる。 細胞形状パターンの再現や適応的意義の説明を念頭においた以上の検討に加えて、アルゴリズムと細胞内機構の対応可能性に関しても適宜検討を進める。導出されるアルゴリズムは一般に、細胞表面の各方向で得られる情報が瞬時に全体で共有されなければ実現できないような形式で表される。一方実際の細胞においては、反応拡散波等を通して分散的に情報がやり取りされていると考えられる。アルゴリズムが細胞内に対応を見いだせるか考察するために、平均場による近似等を検討する。近似の有効性を考えるために、細胞内の各ダイナミクスのタイムスケール等の性質についても適宜調べていく。
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