脳卒中後,非侵襲的な脳刺激法を用いて非損傷側半球の過剰な活動を抑制し,麻痺側肢を集中的に使用するリハビリテーション手法の有効性が検証されているが,麻痺側肢の随意運動が困難な対象者にはこの方法は適用されない.本研究では,運動肢と同側一次運動野の興奮性は,どのような運動課題の遂行時に大きく増大するのかを明らかにし,重度の片麻痺症状を呈する脳卒中患者の機能回復に有効な非麻痺側上肢で行うリハビリテーションを開発するための神経生理学的基礎データを提供することを目的とした. 2020年度に行った研究では,安静条件と比較し光刺激に追従してタッピングを行う課題遂行時に,運動肢と同側一次運動野の短潜時皮質内抑制機能が減弱することを明らかにした.この結果から,麻痺側肢を用いた訓練ができない場合,非麻痺側上肢で光刺激に追従した運動を行うことにより,非麻痺側肢と同側である病巣側一次運動野の興奮性を増大させる可能性が示唆された. 光刺激のような外部刺激に反応する運動時において運動前野が重要な神経ネットワークの一部であり,両側運動前野が相補的に機能することが明らかとなっている.2021年度および2022年度では,頭皮上に強力なネオジム磁石を設置することで大脳皮質の興奮性を低下させる経頭蓋静磁場刺激を片側または両側運動前野へ20分間行い,視覚刺激反応課題(単純反応課題および選択反応課題)のパフォーマンスが低下するか否かを検証した.従来型の単体ネオジム磁石を用いた場合には介入効果が認められなかった.一方,3つのネオジム磁石を円環状に配置した装置を用いて両側運動前野を刺激した場合,選択反応課題のパフォーマンスが低下することが明らかとなった.これらの結果から,運動前野に対する抑制性の非侵襲的脳刺激ツールとして経頭蓋静磁場刺激を行う際には,両側運動前野の広範な領域に対して静磁場曝露を行う必要があることが示唆された.
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