研究課題/領域番号 |
20J21406
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
杉浦 牧 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | アメリカ文学 / 南部文学 / 身体 / 情動 / ウィリアム・フォークナー |
研究実績の概要 |
今年度はまず、修士での研究を継続する形でウィリアム・フォークナーの長編『響きと怒り』(1929)における知覚・身体表象を分析し、小説における身体が南部社会のイデオロギーとの関わりにおいて果たしている機能について検討する作業を行った。それにより、中期以降の作品を扱ってゆく上での見通しを再確認した。以上の研究によって得られた成果を、論文“The Uncontrollable Body: Sensory Perception of the Three Compson Brothers in William Faulkner’s The Sound and the Fury”として2021年3月発行の学内誌『ストラータ』に寄稿した。 また、年度の後半より、身体表象と社会との相関関係を南部文学全体へと応用してゆく上で、20世紀の南部女性作家を代表する存在であるユードラ・ウェルティにも関心を広げ、特に長編小説Delta Wedding(1946)の分析を行なった。ウェルティの長編小説Delta Wedding(1946)においてどのような回路を通じて社会が問題化されているかを検討することは、本研究がフォークナー作品の分析を通して得た知見を南部文学研究という大きな枠組みへと接続してゆく上で有用である。視点人物である女性たちの目を通した一人の男性のふるまいが、ときに一族の名誉を担う勇敢さとして、ときに彼自身の特異な人格として受け止められるという事態を分析することで、南部プランテーション社会における伝統的な価値規範と、その中に生きる個人との関係について、ジェンダー的観点および本研究の手法として採用している「身体」の観点から再考した。ここで得られた成果は、日本アメリカ文学会東京支部5月例会にて発表予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、ウィリアム・フォークナーの小説を出発点としたアメリカ南部文学における身体表象の分析を通じて、表象において社会と個人とがなす関係性を理論化することを目指すものである。フォークナーの小説作品における南部社会と身体表象をめぐる関係を理論化した上で、得られた知見をアメリカ南部文学作品全体に対しても適用し、系譜的に分析してゆく計画である。その際、情動理論をはじめとした近年興隆を見せる理論的アプローチとともに「震え」や「涙」といった小説における具体的な身体現象およびその表象を検討することで、アメリカ南部における作家のアイデンティティは身体に対する態度を通じて顕在化される、という仮説を実証し、最終的には「身体」という枠組みから小説の表象において個人と社会とが結ぶ流動的関係を理論化することを目的としている。そうした意味で本年度は、フォークナー初期作品の分析を行なった上で中後期作品を分析してゆく方向性を確認したこと、そしてユードラ・ウェルティ作品の批評状況の把握及び作品分析を通して南部文学というフレームワークへ接続してゆくための方向性を確認した。そうした成果が論文と発表の形にも現れており、翌年度以降の方向性もより明確になっていると言う意味で、おおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方向性としては、ウィリアム・フォークナーによる『八月の光』、『行け、モーセ』といった中後期作品について身体表象およびジェンダー・セクシュアリティ研究の方法論から分析を進めてゆくことをまずは第一の目的としている。それによって、具体的には社会において排除されている身体が小説の構造そのものに対して撹乱的に働くのではないか、という仮説を検証する。そうした仮説の検証に加え、南部文学研究という大きな枠組みへの接続として、ユードラ・ウェルティ作品の分析を進めるとともに、他の20世紀南部作家の作品についても分析の範囲を広げてゆく予定である。特にフラナリー・オコナーにおける社会意識と身体欠損、といった主題などが、現在のところ念頭に置いているものとなる。以上の作業と並行しつつ、現在の身体や知覚をめぐる批評理論状況の把握、および理論的アプローチの拡充に努める。したがって、作品分析および批評の把握のための書籍収集や、執筆・情報収集、また海外渡航が可能な状況になってゆけば渡米しての資料収集を行なってゆく必要があり、来年度も本年度をの方法論を引き継いで、そうした作業を継続的に進めてゆく予定である。
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