研究実績の概要 |
本研究では制御性と再現性に優れた多粒子系である超伝導渦糸系を用いて非平衡現象・相転移を探究することを目的とする。そのための手段として, 渦糸の平均的な運動状態を観測する輸送現象測定と微視的な渦糸配置の実空間観察を行える走査トンネル分光法を組み合わせる点が本研究の特徴である。 令和2年度は, 走査トンネル分光法による実空間観察の前段階として, 実験試料の作製および輸送現象測定による可逆不可逆転移点と二つの臨界指数の決定を行った。また可逆不可逆転移のさらなる普遍性探究のため, 渦糸のフロー速度が可逆不可逆転移の臨界現象に及ぼす影響を調べた。 試料はランダムな配置の弱いピン止め中心をもち, ランダムポテンシャル中を運動する渦糸の非平衡現象を調べるのに適しているアモルファスMoxGe1-x 膜をSi 基板上にスパッタリング成膜した。超伝導渦糸系は液体ヘリウムで冷却した試料に垂直磁場を印加することで生成した。可逆不可逆転移点決定のために渦糸系を乱れた初期配置から交流駆動させ, 渦糸運動によって生じる電圧が定常状態に向かうまでの緩和時間の駆動振幅依存性を調べ, その発散する点を臨界振幅として決定した。また緩和時間の臨界発散および転移点付近での電圧緩和の時間依存性から二種類の臨界指数をそれぞれ精度よく決定した。 また渦糸を駆動させる速度域を最大で一桁変化させ, 異なる速度域での可逆不可逆転移の臨界現象を調べた。その結果, 上記二種類の臨界指数については速度に依存せず同じ値が得られたことから, 速度に対する可逆不可逆転移の普遍性を明らかにした。一方, 可逆不可逆転移の臨界振幅については低速域ほど大きくなる, すなわち可逆相が広がる結果が得られた。これについては実効的ピン止め力の速度依存性を考慮した渦糸の衝突モデルで説明できることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究における実験の最終ゴールは「交流駆動された渦糸系の可逆不可逆転移点付近で, 駆動を止めて渦糸配置を凍結させた状態での渦糸像を, 走査トンネル分光法によって実空間観測すること」にある。これを達成するためには, 試料および駆動速度を大きく変えても可逆不可逆転移の臨界現象が観測されること, すなわち可逆不可逆転移の普遍性をあらかじめ確認しておく必要がある。令和2年度は出校制限のある中で計画通りに実験を行い, その検証に成功した。さらに, 速度域を大きく減少させると可逆相が広がるという, 直観的予想とは異なる現象も見出し, 定性的ではあるが, その実験結果を説明するためのモデルを提案した。 以上の成果を含む関連研究の成果は, 特別研究員自身の英語による2件の国際会議口頭発表と1編のプロシーディングス論文, および国内学会で報告された。また2021年3月には日本物理学会学生優秀発表賞を受賞した。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度に確立した実験手法により, これまで探索が難しいとされていた可逆相を捉えることができるようになった。令和3年度は引き続き輸送現象測定を行い, 特に可逆相内でのダイナミクスを明らかにすることを目指す。さらに, これまで観測されてきたせん断振幅をパラメタとした可逆不可逆転移に加え, 粒子密度をパラメタとした可逆不可逆転移を調べることで, 非平衡相転移としてのさらなる普遍性の検証を行う。また走査トンネル分光法を用いた交流駆動後の渦糸配置の微視的実空間観察にも取り組む予定である。
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