研究課題/領域番号 |
20J21509
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
河本 真夕 神戸大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | ナバレーテ・エル・ムード / エル・エスコリアル修道院 / フェリペ2世 |
研究実績の概要 |
年度後半からは大学への入構制限が緩和され、また国際郵便も利用できるようになったことで、自身の研究を再び進めることができるようになった。12月には全国大会での口頭発表を控えていたこともあり、当面はナバレーテの《聖ヤコブの殉教》に関わる調査を行った。全国大会では、ナバレーテの画歴の中で、これまで先行研究で指摘されてきたヴェネツィア派受容に並んで、初期ネーデルラント絵画受容が重要であることを、同時期のフェリペ2世宮廷で、宗教的目的の元に重宝されていたロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品と結びつけて発表をおこなった。質疑応答では、専門の先生方3名から有意義な意見や助言をいただくことができ、特に聖ヤコブの目尻に描かれた涙について、注文主であるスペイン国王フェリペ2世やその父カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)の私的信仰との関連からさらに詳しく調査していく必要があると気づくことができた。 発表後は、6月末締め切りの学術雑誌『美術史』に論文を投稿できるよう、発表した内容を論文形式にまとめながら、指摘された涙の描写についてさらに調査を行っている。現段階での展望としては、近年歴史学の分野で注目されている「感情史」の研究成果を参照しながら、キリスト教救済倫理における泣く行為やそれに付随する涙の効用について文献調査を行い、描かれた涙と、そのイメージを前にして泣くことの、感情移入にとどまらない作品解釈を提示したいと思っている。それには《聖ヤコブの殉教》が配置されていたエル・エスコリアル修道院内聖具室という場の性質と機能も視野に入れる必要もあると考えられる。今後は、国王フェリペ2世や聖職者たちが典礼中に涙を流していたと証言する同修道院長シグエンサの著作『エル・エスコリアル修道院の創建』(1605年)にも再度注目して、研究を進めていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は当初の予定では、5月に美術史学会全国大会での口頭発表をおこない、その後スペインへの研究滞在を経て、11月に学会誌『美術史』への論文投稿を計画していましたが、3月末以降コロナウイルス感染拡大に伴い、美術史学会全国大会が同年12月に延期となり、また海外への渡航が制限されたため、当初の計画を変更せざるを得ず、11月の学会誌への投稿も見送ることになってしまいました。そうした状況下であったものの、当初海外調査費として支給されていた研究費を、必要な文献等の費用に充てたことで、研究自体はある程度進展させており、来年度に海外調査をすることができれば、さらに具体的かつ有益な資料の入手が期待できるでしょう。 本年度はナバレーテの《聖ラウレンティウスの埋葬》と関連して、画家の代表作である《聖ヤコブの殉教》について、主に文献調査を中心に研究を進めていました。特に聖ヤコブ像に涙が描かれていることに着目し、本作が初期ネーデルラントの画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作《磔刑》に直接的な影響を受けていることを発見しました。さらにその影響は、スペイン宮廷の伝統の中でのロヒール作品が肯定的評価を与えられていたこと、そして本作が設置されたエル・エスコリアル修道院聖具室の絵画に求められた性質とが加味された結果であることを明らかにしました。この研究成果は令和2年12月にオンラインで開催された美術史学会全国大会にて発表され、専門の先生方から評価されています。本年度の研究進捗はコロナで当初期待していたほどではなかったものの、ある程度進展できたものと思われます
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今後の研究の推進方策 |
年度前半は、ナバレーテの代表作《聖ヤコブの殉教》で描かれた涙について、12月の美術史学会全国大会で発表した際に受けた意見をもとに、キリスト教救済倫理における泣く行為やそれに付随する涙の効用、そして《聖ヤコブの殉教》が配置されていた聖具室という場の性質と機能についての文献調査を行う。 年度後半は、当初ではスペインへの研究滞在を予定している。また、コロナウイルス感染症拡大が治まらない場合は、ナバレーテの最晩年作《聖ラウレンティウスの埋葬》について、初年度に行った研究をもとにより詳細な文献調査を行い、論文を執筆する。エル・エスコリアル修道院の献堂聖人を主題とする本作の重要性は先行研究において認められてきたものの、関連史料の不足からその成立背景については不明な部分が多い。そのため、本研究では、「埋葬」という美術史上特異な主題が選択されていること、そして聖ラウレンティウスの遺体を強調した表現などに着目しながら、エル・エスコリアル修道院が有する王室霊廟という性質と、そのために収集された聖人の聖遺物との関連を考察したい。
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