研究課題/領域番号 |
20J21677
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
岩井 碩慶 慶應義塾大学, 政策・メディア研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 社会性昆虫 / 社会寄生 / トゲアリ |
研究実績の概要 |
アリ類は高度な分業制に基づいた社会構造をもつ真社会性昆虫であり、その巣内は彼らにとって安全な環境が構築されている。そのためか、アリ類の中には他アリ種の巣や労働力を利用することで生活を行う種がおり、これらは社会寄生種と総称されている。本研究では、一時的社会寄生種トゲアリを対象にアリ類における社会寄生の進化背景の理解を目指している。2021年度は、結婚飛行や宿主女王の殺害前後におけるトゲアリ新女王の脳のトランスクリプトーム解析を実施した。これに加えて、これまでの野外調査や行動試験によって得られたトゲアリの新規宿主の記録と、本種新女王の宿主識別に必要な要素に関する知見を論文として発表した。トゲアリ新女王を対象に行われたトランスクリプトーム解析では、一般的なアリ類では本来働きアリでのみ高発現となる分業に関わる一部の遺伝子が、本種の新女王だと結婚飛行(交尾活動)を終える事で発現上昇することを確認した。これまでの予備試験から、結婚飛行を終えていない未交尾のトゲアリ新女王は宿主アリ種に対して寄生行動を行えない傾向を捉えているため、本遺伝子の発現傾向は社会寄生を遂行する上で重要な要素である可能性がある。寄生行動と本遺伝子の発現傾向との因果関係について、トゲアリ新女王を対象としたRNAiなどを通して今後検証を進めていく予定である。また、ヤマアリ亜科の一種であるムネアカオオアリがトゲアリの宿主であることを示す記録や、本種新女王が宿主アリ種の体表物質を特異的に識別して寄生行動を行うといった知見を、それぞれ国際学術誌に発表した(Iwai et al., 2021; Kurihara et al., 2022)。これらの研究により、トゲアリに関する基礎的な生態情報を得ることに成功したと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度はまず初めに、一昨年度に得られた知見に基づいてトゲアリ新女王による宿主女王の殺害実験系を構築した。その結果、実験室環境下であっても安定して殺害行動を経験したトゲアリ新女王を得ることに成功した。この宿主女王の殺害実験や野外での生体サンプリングを通して、社会寄生の初期プロセスにおける様々なイベント(結婚飛行や宿主アリ種との接触、そして宿主女王の殺害)を経験、もしくは経験していないトゲアリ新女王を用意した。そして、これらアリたちの脳を対象としたトランスクリプトーム解析を実施し、社会寄生に関与すると予想される該当遺伝子を探索した。本解析によって、社会寄生の各イベント前後でいくつかの発現変動遺伝子が検出され、現在はこれら遺伝子の寄生戦略上における機能の検証を目指して、新たな実験系の構築を行なっている。 また、2021年度はトゲアリの基礎的な生態情報や宿主識別に関わる知見について、論文として報告した(Iwai et al., 2021; Kurihara et al., 2022)。以上の活動・成果から、本研究課題の進捗状況はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今回実施したトゲアリの脳を対象としたトランスクリプトーム解析では、社会寄生の初期プロセスにおける各イベント(結婚飛行や宿主アリ種との接触、そして宿主女王の殺害)間で検出された発現変動遺伝子でまだアノテーションを行っていないものがあるため、今後はまずそれら遺伝子のアノテーションおよび結果の解釈をする。上述した社会寄生の初期プロセスにおいてトゲアリの生理状態に変化が生じるのであれば、本解析によって確認される遺伝子の発現変動が社会寄生を遂行する上での必要な要因であると推測する。また、現在行なっているトゲアリを対象としたRNAiの実験系が構築出来次第、トランスクリプトーム解析によって推定された寄生行動に関わる因子の検証を進める。
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