中性子星連星合体イベントのうち唯一電磁波対応天体が観測されたGW170817について、吸収線のモデリングを行った。中性子星連星合体のスペクトルに対する理論的アプローチは局所熱平衡(LTE)を仮定するものがほとんどであり、その仮定を外した研究であっても超新星爆発に対する取り扱いを流用するなど、アドホックな取り扱いが多かった。しかし中性子星連星合体において、熱源は放射性壊変を起源とする高エネルギー放射線であり、LTEでの解析に比べて高い電離状態になることが予想される。密度の高い合体直後は通常熱平衡の仮定を用いることができるが、中性子星連星合体では早くも1日前後から熱平衡の仮定が破れ始めることが考察より明らかとなった。そこで我々は、熱平衡の仮定をおかず放出物質内のエネルギー準位の占有数を計算で求めるアプローチをとった。とくに、8000-10000Å近辺に見られる吸収線について、先行研究ではLTEの仮定のもと1階電離ストロンチウムが起源だと考えられていたが、中性ヘリウムも吸収線を作る可能性がある。ヘリウム各励起準位の占有数計算により、ヘリウムが吸収線の起源である可能性は十分あることを指摘した。 中性子星連星合体はr過程元素の起源として重要な候補天体である。スペクトルに見られる吸収線から連星合体の物理状態、生成される元素の存在比を明らかにすることは、r過程元素の起源を明らかにすることに直結している。今後さらに増えると予想される中性子星連星合体の観測を解釈するため、熱平衡の仮定を外した理論的解析が重要となる。
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