研究課題/領域番号 |
20J21828
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 健吾 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 文化財保存運動 / メタヒストリー / 考古学史 / 文化財行政 / 科学運動 / 革新自治体 / 自治体史編纂 |
研究実績の概要 |
進捗状況欄に記述する情勢により提出済の研究計画を大きく変じたが、本年の成果として特筆すべきものを記述する。 まず、京都大学名誉教授の建築家西山卯三のアーカイブ「西山夘三記念すまい・まちづくり文庫」において文献調査を行い、その調査成果を参考にしつつ、所在する古墳群と宅地開発の干渉が著しかった京都府南部城陽地域における高度経済成長期に展開された古墳群と宅地開発の対立関係とその解決の過程について日本文化政策学会で3月に報告した。 次に、戦後日本で開発の早い太平洋ベルト地域と近年土屋正臣『市民参加型調査が文化を変える-野尻湖発掘の文化資源学的考察-』(美学出版2017年)で飛躍的に研究が進んだ長野県最北部の野尻湖湖底遺跡との比較を行った。その際、研究の基礎作業として所蔵先が限られる地学団体研究会の会誌『そくほう』を京都大学・国立国会図書館などで閲覧し、分析に供した。成果は地学史研究会において口頭報告を行い、それに加筆修正した論考を12月に公開にこぎつけることで、列島開発の速度上異なる性格をもつフィールド間の比較に成功した。また、上記土屋2017年の書評も掲載が決定している 第三に、明治大学考古学研究会の雑誌『ミクロリス』の分析や横浜港北地域での文献調査・アーカイブ団体への接触などを通じ、関西圏中心に始めた研究の関東圏への敷衍を開始した。研究の中心的課題である京都府乙訓地域の保存運動団体会誌・そこで保存運動に係わった知識人の著作の読み直しなども並行して進めることで、少なくとも文献上は太平洋ベルトをまたぐ形で高度経済成長期の埋蔵文化財をめぐる状況を俯瞰できつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コロナ禍という特殊な状況下においてフィールドワーク前提の研究計画は大きな変更を強いられた。殊に研究遂行に不可欠な保存運動当事者やそれに参与した知識人・初期の行政内研究者(自治体埋蔵文化財担当者)への接触が大幅に制約を強いられたのは研究の進展に大きな制約を与えている。 学振研究員採用以前の収集資料の整理や刊本・雑誌中心の研究、あるいは使用可能なアーカイブへの緊急事態緩和時の調査などを通じて、フィールド間比較や文化財政策史研究での進展は着実であり、学会・研究会の報告や年報レベルでの原稿の執筆などに結実させている。短期的な成果に帰結していない関東圏の考古学同人の整理なども含めれば研究にそれなりの進展はあったと評価するべきであろう。 しかしながら、学振採用以前からの研究である京都府乙訓地域の保存運動研究など、研究の継続期間が長い研究での査読論文投稿には成功していない。生来の怠惰や遅筆を否定するわけではないが、論文執筆の際、例えば資料不足場合などに、補足的な調査などがかなわなかったことはやはり影響を与えており、研究推進の方策はそのような状況へのリアクションとしての性格を持たねばなるまい。 口頭報告面などでの成果と査読論文投稿の失敗を比較校量し、そこにコロナ禍初年で柔軟な対応が困難であったという時局を考え合わせたときに、成果の面を重視し、研究状況を「(2)おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
コロナ禍の影響もあり大きく変じた研究計画ではあるが、本年は可能な限り研究スケジュールの再設計を試みていく。 優先度の高い課題として修士課程在学時より取り組んでいる京都府乙訓地域の保存運動研究について資料の整理を行ったうえで、査読論文の作成・投稿を行うのが本年の最低限の目標である。加えて高齢者への対面での接触が許容される時局となれば、自身が参与観察している保存運動団体の会合に参加し、資料提供やオーラル調査に関する相談などもしていきたい。 また、新たに横浜市港北地域についてオンライン上ではあるが、発掘実践などにかかわった人物への接触に成功しつつある。南堀貝塚や稲荷前古墳群などの発掘運動・保存運動で知られる地域で研究の足場を築くために、本年度は神奈川県や横浜市などの図書館での調査、そして同地域の遺跡の現地踏査を進めていき、高齢のインフォーマントと対面できる機会を待ちたい。その成果の口頭報告が本年のもう一つの目標となる。研究を進める前提として和島誠一などの同地域に関わった考古学者が残したテキストなどの緻密な分析は須要となろう。 時局の進展を見つつではあるが、発掘実践や保存運動で有名な遺跡や博物館の調査への計画・希望はある。しかし、本年がポストコロナへの模索の年になるであろうことを考えると首都圏から過疎地などへの科研調査が難しいことも考えられる。そこで、国民的歴史学運動に参加した日本史家・黒田俊雄の保存運動や自治体史編纂への参与に関わる論文の執筆を早めるなど、研究題目上の「思想史」にあたる部分を「社会運動史」に優先することも視野に入れたい。高度な柔軟性を維持することで博論執筆に向けての諸課題を着実に整理・消化していくことを心がける。
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