真核生物のゲノムDNAを収める核の正常な構造形成は、生物の健全な生育に重要である。核が異常な構造になり、老化が早く進む早老症の一つであるHGPSは、核の立体構造を制御する核骨格の因子であるラミンAの遺伝子に生じた突然変異が原因で発症する。この突然変異により、HGPS患者の核にはプロジェリンというラミンA変異体が蓄積し、核骨格の正常な構造と機能が破綻する。本研究は、プロジェリンがラミンAの核内アクチン結合部位を部分的に欠失していることに着目し、早老症病態の発現メカニズムを解明する研究を進めた。ラミンAは核内アクチンと相互作用し、核の正常な構造形成や一部の遺伝子発現を促進する構造体である核内アクチン繊維の形成を促す。 まず、HGPS細胞では核内アクチン繊維の構造と機能にどのような変化が生じているか調べた。HGPSモデル細胞で核内アクチン繊維を検出して顕微鏡観察を行ったところ、HGPSモデル細胞では正常細胞と比べて核内アクチン繊維の形成が大きく減少していた。さらに、HGPSモデル細胞では核内アクチン繊維が活性を促進するWnt/β-カテニン標的プロモーターの活性が減少することを発見した。加えてHGPSモデル細胞に外来遺伝子を導入して核内アクチン量を増やして核内アクチン繊維形成を促した状態で核形態変化を顕微鏡観察した結果、核構造異常が緩和されて正常な球形の核構造に近付くと分かった。 HGPS細胞では核内アクチン繊維形成が損なわれることでいくつかの早老症病態が発現すると分かったため、核内アクチン繊維形成を誘導できるDNA結合薬剤Xで細胞を処理し、早老症病態の変化を調べた。その結果、Xによる処理はHGPSモデル細胞でも核内アクチン繊維の形成を増やしたが、核構造異常は緩和されなかった。以上の知見を基に、今後も核内アクチン繊維の操作による早老症病態抑制技術の造成を目指す。
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