本研究の目的は、電子のスピンや軌道、副格子などの複数自由度の絡み合いが創出する奇パリティ多極子秩序と交差相関物性の性質を理論的に解明することである。 本研究ではこれまでに、分子や結晶のあらゆる電子自由度を表現できる対称性適合多極子基底の生成アルゴリズムが得られている。そこで本年度は、対称性適合多極子基底を用いて第一原理電子状態計算に基づく有効模型の自動生成手法を開発した。模型ハミルトニアンは多極子基底の線形結合で表現され、各重みはモデルパラメータに対応する。第一原理計算で求まるエネルギーバンド分散を再現するように各基底の重みを最適化することで、第一原理計算に基づく有効模型を構築できる。本手法で得られる有効模型はワニエ関数を用いて求まる従来のものとは異なり、系の対称性を厳密に満たし、かつ近接サイト間の電子ホッピングのみを含むため、単位格子数個分のコンパクトな範囲に収まる。そのため、模型構築や電子格子相互作用等の計算コストの軽減が期待できる。上述のアルゴリズムをまとめた論文は投稿段階であり、計算パッケージとして公開を予定している。また、本手法の解説記事はアグネ社の固体物理誌上セミナーに掲載予定である。 さらに、本手法を用いることで固体中の隠れた多極子自由度とその演算子表現を明らかにできる。実際に本手法を用いて、カイラル物質を特徴づける微視的カイラル度の記述方法を明らかにし、その定量的評価を行った。まず、カイラル結晶の典型物質である単体Teの有効模型を生成した結果、微視的カイラル度に対応する局所的および遍歴的な電気トロイダル単極子がハミルトニアンで最も支配的な寄与であることを定量的に明らかにした。また、電気トロイダル単極子の存在下ではカイラル結晶特有の電場誘起格子回転歪みが金属・絶縁体問わず生じる可能性を示した。得られた成果はPhys.Rev.Lett.(APS)にて出版済みである。
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