社会や環境から受けるストレスは抑うつや不安などの情動変容を引き起こし精神疾患のリスクとなる。これまでマウスうつ病モデルである反復社会挫折ストレスモデルにおいて内側前頭前皮質の神経細胞萎縮が情動変容の基盤であることが明らかにされてきたが、その病態的意義や分子・細胞内メカニズムは明らかにされていない。本研究はストレスによる神経細胞萎縮の機能的意義および組織学的基盤を明らかにすることを目的とする。 ストレスによる神経細胞機能変化を明らかにするためマイクロプリズムと二光子顕微鏡法を合わせた内側前頭前皮質の生体内イメージング技術を確立し、反復社会挫折ストレスへの曝露に伴う神経活動変化を調べた。結果、内側前頭前皮質深層の錐体細胞が神経活動の減弱と細胞間同調性の低下を示すこと、活動の減弱はうつ様行動を示すストレス脆弱性群でのみ生じることを見出し、ストレスが内側前頭前皮質深層の定常的な活動低下を通じて情動変容をもたらすことが示唆された。 並行して神経細胞萎縮を担う細胞内微細構造変化や分子変化を明らかにするため膨張顕微鏡を用いた超解像イメージングを確立し、ストレスが樹状突起形態変化とシナプス退縮に伴い樹状突起内ミトコンドリアの形態変化をもたらすことを見出した。分子基盤をシナプス分画のプロテオミクス解析により調べ、ミトコンドリアや代謝に関連する分子群の発現が抑制される一方、一部の個体ではミトコンドリア機能に携わる分子群の発現上昇が生じストレス抵抗性に関連することを明らかにした。さらにミトコンドリア分子に作用する薬剤を用いて、ミトコンドリアの機能構造変化に起因するシグナル伝達を介しシナプス退縮やうつ様行動が誘発されることが示唆された。これらの知見はミトコンドリア機能構造変化が興奮性神経細胞の萎縮と定常的活動低下を介しストレスによる情動変容をもたらすことを示唆する。今年度中に論文を投稿する予定である。
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