研究課題/領域番号 |
20J21915
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川田 拓弥 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 表面弾性波 / スピン流 / スピン軌道相互作用 / スピン回転結合 / 磁気弾性結合 |
研究実績の概要 |
現実空間と仮想空間を高度に融合させ経済発展と社会的課題の解決を目指す次世代型社会の実現のために、身の回りのあらゆる情報をセンシングしネットワークを介して結びつけるIoT技術が注目を集めている。研究代表者の申請段階までの研究によって、重い非磁性金属と強磁性体からなる薄膜ナノ構造に原子振動が誘起されると特異な直流起電力が生じることが明らかとなり、その特性から振動発電素子やMEMS・NEMS技術への応用が着想された。 初年度の研究では、この特異な直流起電力について薄膜ナノ構造を構成する物質依存性の観点からメカニズムの解明に取り組んだ。様々な非磁性金属に対して測定を行った結果、まず電子の運動方向とスピンの方向を結びつける働き(スピン軌道相互作用)が小さな銅では起電力が発生しないことが分かった。一方で、タンタルや白金、タングステンのようなスピン軌道相互作用の大きな物質では起電力が発生し、かつその大きさは物質のスピン軌道相互作用の大きさや結晶性等に依存していることが判明した。次に強磁性体を変えて測定を行った結果、起電力の発生には強磁性体の格子歪みによって磁化の向きが変化する磁気弾性効果の存在が不可欠であることが示された。以上の結果から、非磁性層において表面弾性波からスピン軌道相互作用を介してスピン流が生じると結論づけられ、さらに表面弾性波によって直流起電力が発生するメカニズムをモデル化することに成功した。さらなる振動-スピン流変換機構の解明においては、表面弾性波とスピン流の変換効率の評価が重要であると考えられるが、そのためには強磁性体の磁気弾性特性を評価する必要がある。そこで、現在用いているデバイス構造で磁気弾性特性を評価する方法を開発し、実際に複数の薄膜ナノ構造に対して測定を実施し定量的な評価を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、非磁性重金属と強磁性体からなる薄膜ナノ構造に振動が生じた際に生じる特異な直流起電力の原理を解明し、その結果を元として振動-起電力変換効率の向上およびデバイス応用を模索することを目標としている。そのため、表面弾性波から特異な起電力が生じるプロセスの解明は最も基本的かつ重要な成果であると考えられる。この振動-起電力変換機構のモデルからは、変換効率を定量的に評価するための解析的な式が得られた。さらに、モデルにはいくつかの物質依存するパラメタが含まれるが、このうち強磁性層の磁気弾性特性については同じデバイス構造を用いて定量的に評価する実験手法を開発することができた。振動-スピン流変換の微視的機構の解明までは至っていないものの、振動-起電力変換効率を薄膜ナノ構造の物質設計という観点から最適化するための下地が整ったと言える。したがって、本研究課題は現段階においておおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、この振動-起電力変換現象について弾性波に着目した研究を行う。今までの物質依存性に依拠した研究から、振動-起電力変換過程のうち特に振動-スピン流変換の段階において弾性波特有の物質依存性があることが明らかになった。そのため、薄膜ナノ構造を固定し弾性波を制御して測定を行うことによってさらに振動-スピン流変換機構の詳細に迫ることができると考えられる。具体的には、表面弾性波を発生させるための櫛型電極の設計や櫛型電極を作製する圧電基板を変更することによって、弾性波の周波数、パワー、振動モード、音速、空間分布といった種々のパラメタを制御し、起電力がどのように影響を受けるか調べる。例えば、周波数やパワー依存性からは弾性波から生じる振動や回転、変形などといった物理量のうちいずれが関与しているかを推測することができる。また、弾性波の位相や振幅の測定からは薄膜中での弾性波の減衰や音速が算出でき、薄膜の弾性特性に関する情報が得られると予想される。実験を通して弾性波という観点から振動-スピン流変換を見つめ直し、その変換効率の向上を目指す。
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