研究課題/領域番号 |
20J22012
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
中川 優子 東京藝術大学, 音楽研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 音楽思想 / 雅楽 / 礼楽 / 儒学 / 熊沢蕃山 / 音楽理論 / 武富咸亮 / 箏 |
研究実績の概要 |
昨年度に引き続き、近世前期の儒学者における音楽思想の検討を進めた。まず熊沢蕃山について、当世の音楽文化における雅楽の位置づけを検討した論文(昨年度から着手)が発行された。さらに雅楽の理論(調子の律呂や十二律など)にかんする蕃山の言説を検討し、学会発表ののち論文にまとめた。古楽が日本の雅楽に遺存することを主張した儒者として知られる蕃山であるが、その思想は両者の相違点をふまえつつ、日本の雅楽の実態に即して「楽」としての意義を見出す面があるとともに、それに対する実践的・経験的な理解を促すものであったことなどを指摘した。 次いで楽器観に着目し、近世前期の思想を俯瞰する試みを行った。近世・近代の雅楽文化にかんする国際シンポジウムでは、熊沢蕃山や貝原益軒による雅楽の楽器にかかわる言説を参照し、近世前期における雅楽の思想的位置づけを探った。また、とくに絃楽器への高い関心が見受けられたことに鑑み、蕃山や益軒の楽器観をふまえたうえで、佐賀藩の儒者である武富咸亮による箏にかかわる論考(『月下記』所収)を「楽」や雅楽にかかわる議論として検討し、学会にて発表した。総じて近世前期の「楽」にかかわる思想の特徴としては、日本の雅楽の在り方に即した理解がなされていた点や、実践的・経験的な面に重きが置かれていた点、さらには雅楽と後世に成立した音楽文化との関係性が、とりわけ箏(楽箏と「筑紫箏」など)にかかわる議論において実践的レベルで思考されていた点などが見えてきた。 このほか、近世中期の音楽思想を検討する準備として、新井白石の「楽」や雅楽にかかわる言説の整理に着手し、「律呂説」「楽舞考序」など、今後書誌調査を経て精読すべき重要な資料を見出すに至った。また新型コロナウイルスの状況をみつつ、可能な範囲での資料収集(福岡県立図書館など)を行った。さらに雅楽の演奏についても定期的に指導を受け、実践的知識の習得に努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一部の資料調査については新型コロナウイルスの影響により次年度に見送った。また近世前期の楽器にかかわる議論については、筑紫箏関連の文献の検討の必要性など、いくつかの発展的な課題を残すこととなった。しかし当初の目標であった、熊沢蕃山による雅楽の理論にかかわる言説の検討や、近世前期の儒学者における音楽思想の俯瞰、ならびに近世中期の思想を検討するための下準備についてはおおむね達成し、次年度は新井白石によるいくつかの言説資料を軸に、白石ら木下順庵門下の儒者たちの雅楽観や礼楽観を中心的に検討するという方針を定めることもできた。また本年度は雅楽の演奏家による指導のもと、楽箏の奏法などといった実践的な知識を継続して学ぶことができたため、雅楽にかかわる資料を読むうえでの重要な基盤を得ることにつながった。
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今後の研究の推進方策 |
これまで検討してきた近世前期の雅楽観などをふまえたうえで、近世中期(18世紀ごろ)の知識人たちにおける音楽思想の様相の把握を目指す。従来は荻生徂徠やその門人たちに注目が集まりがちであったことに鑑みて、まずは資料調査(岡山大学付属図書館・名古屋市蓬左文庫などを予定)を経て、儒学者(ないしは国学者など)によって書かれた雅楽や猿楽・箏曲・三味線音楽などにかんする文献を収集・精読したのち、とくに新井白石を中心に、木下順庵門下の儒者における雅楽観や礼楽観について、徂徠との関係性も念頭に置きながら検討する。これらをとおして、古楽との関係からも高い関心を寄せられていた雅楽と、武家の式楽であった猿楽との関係性が当時にあって如何に理解されていたのかについても考えたい。
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