研究実績の概要 |
電子線は有機・無機物質のナノ世界を探索するための強力なプローブであり,透過電子顕微鏡(TEM)や電子回折(ED)に活用されている.昨今の試料作製やデータ収集,画像処理の進歩に伴って日々TEMやEDの応用可能性は進歩しており,現在当該手法の応用を制限しているのは電子線と試料間の相互作用そのものである.これまでに見出された電子線による振動励起が誘起する分子無秩序化やモデル系において見出された複雑な分子活性化経路のような個々現象を踏まえ,より応用的観点から関心の持たれる結晶のような複雑な系に対して電子線と分子との相互作用が引き起こす物理化学現象の解析が待たれている. 今年度はTEMによる原子分解能直接観察を活用して電子線の誘起する有機結晶の結晶構造喪失という一連の過程に対する単分子速度論解析を行った.具体的には,60-200 kVの加速電圧において電子線照射下カーボンナノチューブ(CNT)内におけるコロネン(C24H12)1次元結晶崩壊過程を対象とし,観察を通じて結晶崩壊の後期過程において再現よくコロネンのV字体生成を伴う二量化反応の進行を見出した.この二量化反応に対して速度論的解析を行い,アレニウスプロットによって活性化エネルギー(Ea)と頻度因子(pre-exponential factor, PEF)を得た.得られた結果はEa及びPEFが加速電圧と比例関係にあることを示した.特にEaと加速電圧との相関は以前報告したC60分子間の二量化反応の場合には観測されなかったものであり,二量化反応が加速電圧に依存した振動励起状態を経て進行していることを示唆した.同様の傾向はコロネンの代わりに重水素化コロネン(C24D12)を用いた場合にも観測され,加速電圧によるEaとPEFの変遷はコロネン及び重水素化コロネン分子の振動励起状態制御が可能であることを示唆した.
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