研究課題/領域番号 |
20J22275
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
礒山 和基 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 光誘起超伝導 / テラヘルツ分光 / 超高速現象 / ヒッグスモード |
研究実績の概要 |
これまでに我々はキャリア注入などの外的要因によって超伝導転移温度が大きく変化することが知られている鉄系超伝導体FeSe1-xTexにおいて,超伝導相の光制御・光誘起超伝導の可能性を探求してきた.特に超伝導体においてはヒッグスモードと呼ばれる超伝導秩序変数の振幅モードが媒介してテラヘルツ (THz) 第3高調波発生 (THG) が起こることが知られており,非平衡状態における超伝導秩序変数をピコ秒以下の時間分解能でプローブできる手法として注目している.これまでに我々は近赤外光パルスを照射したFeSe1-xTex薄膜からのTHz-THGを観測し,一時的な超伝導秩序変数の増強に対応する,THG信号の増強を観測した.さらにTHz時間領域分光法によって非平衡状態におけるTHz帯複素光学伝導度を調べ,超流動密度を反映する光学伝導度虚部が過渡的に増加する様子も観測した.THGと光学伝導度虚部の光励起ダイナミクスはよく合致しており,FeSe1-xTexの超伝導秩序変数が光照射により増強したと結論した.さらに非平衡状態における光学伝導度スペクトルを詳しく調べることで,超伝導増強はフェルミ面の一部でのみ起こっており,また光照射によって電子バンドと正孔バンドの間の相互作用が増強したことに由来して超伝導増強現象が起こった可能性を提案した. 一方超伝導体からのTHGにはヒッグスモードだけでなくTHz波と準粒子の相互作用も寄与すると考えられている.そこで我々はヒッグスモードがTHGを媒介していることが知られているs波超伝導体NbNにおいても同様の実験を行った.その結果BCS超伝導体NbNにおいても光励起によるTHGの増強現象が見られた.これらの結果はヒッグス自己相互作用を含むヒッグスモードと電磁場の高次の相互作用を反映している可能性があり,現在このTHG増強信号の起源について詳細に検討している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
鉄系超伝導体の超伝導発現においては電子的バンドと正孔的バンドの間の相互作用が重要な寄与を持つことが知られている.我々はその中でも特にフェルミエネルギーが小さく外的要因によって超伝導転移温度が劇的に上昇する鉄系超伝導体FeSe1-xTex系において,光によって超伝導を制御することを目指してきた.超伝導体においてはヒッグスモードとよばれる超伝導秩序変数の振幅モードが媒介して高効率のTHz-THGが起きる.我々は光照射後の非平衡状態における超伝導秩序変数をピコ秒以下の時間分解能で捉える手法としてこれを活用することで,光照射されたFeSe1-xTexにおいて超伝導秩序の増強に対応すると考えられるTHGの増強を発見した.またTHz時間領域分光法を用いて非平衡状態の複素光学伝導度を測定し,超流動密度の増加を示唆するスペクトル構造が光学伝導度虚部に過渡的に現れることを明らかにした.THGと光学伝導度虚部のダイナミクスはよく一致しており,また光学伝導度スペクトルを詳しく調べることで超伝導増強がFeSe1-xTexの複数あるフェルミ面の一部のみで起こっていること,超伝導増強の起源として光照射により電子的バンドと正孔的バンドの相互作用が増強した可能性があることを提案した.この成果は今年度学術誌に掲載された. 一方対照実験として超伝導ギャップを1つしか持たないs波超伝導体NbNにおいても実験を進めたところ,同様に光励起によるTHGの増加が観測された.この結果はTHG増強がヒッグス自己相互作用を含むヒッグスモードと電磁場の高次の相互作用を反映していることを示唆しており,これが鉄系超伝導体を含む超伝導体における過渡的な超伝導増強の起源なのではないかと考えている.またこの結果は超伝導体におけるヒッグスモードの基礎的な性質の解明に寄与する重要な結果である.
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今後の研究の推進方策 |
以前我々は鉄系超伝導体FeSe1-xTexにおいて光誘起超伝導増強を観測したが,その参照実験としてシングルギャップs波超伝導体NbNにおいても実験を行ったところ,同様に光誘起THG信号が増強する振る舞いが観測された.このことからTHG増強の起源はヒッグスモードの自己相互作用を含むヒッグスモードと電磁波の高次の相互作用に由来すると考えられ,この光誘起THG増強を観測することで超伝導体からのTHz-THGがヒッグスモードに由来するのかそれともTHz波と超伝導準粒子の相互作用に由来するのかを判別できる可能性がある. 一方鉄系超伝導体おいては鉄原子周りのカルコゲン・ニクトゲン原子の配置と超伝導転移温度の間に相関があると考えられており,強い光を照射して超伝導に有利な原子配置を実現することで過渡的に超伝導状態を実現できる可能性が指摘されている.実際鉄系超伝導体FeSeにおいては,金属相に格子変位を伴うような強い近赤外光パルスを照射することで鉄原子層とセレン原子の距離が伸び,また超伝導状態に対応する光電子スペクトルが得られたという報告がなされている.そこで今後は格子変位をもたらすフォノンと超伝導秩序変数の相関を検証するため,テラヘルツ2次元分光 (THz-2DS) を行う.THz-2DSは多次元分光の一種で,2つの高強度THz波パルスを用いることでTHz周波数帯にある複数のモードの相関を観測する手法である.THz-2DSは半導体や2次元電子系における先行研究はあるものの超伝導体における報告はなく,本研究で超伝導体におけるTHz-2DSの実証を行うとともに,先行研究で指摘されている超伝導に有利な原子配置を実現するフォノンと超伝導秩序変数の間に相関があるかを検証する.
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