我々は鉄系超伝導体FeSe系において、超伝導ギャップエネルギーと同程度の光子エネルギーを持つテラヘルツ(THz)波をプローブとして、光照射が超伝導秩序にもたらす効果を調べてきた。特にヒッグスモードと呼ばれる超伝導秩序変数の振幅モードが媒介する高効率のTHz第3高調波発生(THG)が、超伝導秩序変数のダイナミクスをピコ秒の時間分解能で捉える光学的なプローブとなることに着目している。これまでに我々は鉄系超伝導体FeSe0.5Te0.5において超流動密度を反映するTHG信号を観測し、さらにFeSe0.5Te0.5に近赤外(NIR)光パルスを照射すると、一時的にTHGが増強する、超伝導秩序変数の増加を示唆する振る舞いを観測した(2021年発表論文)。しかし理論的にはヒッグスモードの他に電荷密度揺らぎ(CDF)と呼ばれる超伝導準粒子の個別励起に由来する過程によってもTHGが起こる可能性が指摘されており、THG増強から直ちに超伝導増強が結論されるわけではない。そこで我々はヒッグスモードがTHGに支配的な寄与を与えていることが知られている従来型超伝導体NbNにおいても同様の測定を行った。その結果NbNにおいてもNIR照射後にTHG信号が増加する振る舞いが見られ、NIR照射によるTHG増強は超伝導体一般に見られる現象であり、超伝導増強を意味しない可能性が示された。THG増強の起源を明らかにするためNIR照射後のヒッグスモード自由振動を観測したところ振動振幅の増加は見られず、THG増強は光照射によるヒッグスモード振動のパラメトリック増幅に由来するものではないと考えられる。また過渡的なTHG信号はTHz波の偏光と結晶方位がなす角に依存せず、CDFが媒介するTHGの増加も示唆されなかった。光誘起THG増強の起源として、超流動密度の時間変化に対応した非線形超伝導電流が流れた可能性が残されている。
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