ATP合成酵素は、ミトコンドリア内膜や葉緑体チラコイド膜上に存在し、電子伝達系によって形成された膜内外のプロトン電気化学ポテンシャル差を駆動力として軸を回転させながら、生体内のエネルギー代謝に普遍的に用いられるATPを合成している。葉緑体ATP合成酵素は、光合成条件によって変動する細胞内酸化還元状態に応じて活性が制御される「レドックス制御」を受けていることが特徴的である。葉緑体ATP合成酵素のレドックス制御は光合成条件に適応した効率の良いATP生産に関与するものと考えられている。本研究課題では、単細胞緑藻クラミドモナス由来の葉緑体ATP合成酵素を完全複合体として精製し、最終的に、そのレドックス制御機構を解明することを目的としている。本年度は、昨年度に作出・精製したレドックス制御に関与する領域に変異を導入した葉緑体ATP合成酵素のATP合成/加水分解活性を指標として生化学的解析を行った。その結果、下記のレドックス制御に関わる4つのことが生化学的に明らかになった。 ① 既知のレドックス制御感受性Cys残基ペア以外にも酸化還元状態がATP合成活性に影響するアミノ酸残基が存在しうる ② 先行研究からレドックス制御に重要な役割を果たすと予想されていたDDEモチーフの電荷はレドックス制御に必須ではない ③ 光合成生物に特有の配列を構成するβ-hairpinドメインがATP合成および加水分解活性を阻害する機能をもつ ④ Redox loopドメインは、単独では酵素活性のレドックス制御ができないが、還元状態になった時にβ-hairpinドメインによる活性阻害をATP合成方向のみに解除する 以上を総括し、葉緑体ATP合成酵素のレドックス制御は光合成生物に特有のβ-hairpinドメインとRedox loopドメインが酸化還元状態に応じて協調的に作用することで成立すると結論付けた。
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