研究課題/領域番号 |
20J23105
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
ラッセル 豪マーティン 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | クマリン / 超分子 / ロタキサン / 蛍光発光 / 量子収率 / 溶媒極性 / 溶媒効果 / 輻射速度定数 |
研究実績の概要 |
クマリン骨格を有する発光性分子は、レーザー色素や蛍光性プローブとして注目されている。しかし、このような蛍光性分子は一般に、高極性溶媒中ではより低い量子収率を示す。このような問題の要因として代表的なものが、凝集誘起消光である。そこでこの問題の解決策として、当研究室では[1]ロタキサン構造を利用した分子の被覆によって、量子収率の向上を達成している。このような方法論において、被覆効果は分子の凝集を抑制する上で有効であることが示されている。一方、溶媒が溶質に対して引き起こす効果もその量子収率を決定づけるが、このような因子に対する被覆の影響は系統的に調査されていない。このような溶媒効果を被覆構造によって制御できることは、デバイスやプローブの高い量子収率を達成する上で重要な分子の設計指針に通じる。そこで本研究では、溶媒効果に対する被覆効果を調査するため、被覆型クマリンins-CMと非被覆型クマリンuns-CMを合成し、その分光特性の系統的調査を行った。 ins-CMとuns-CMの分光特性は、低・中・高極性溶媒中で測定した。低極性溶媒中において、両分子はともに80-90%程度の高い量子収率を示した。さらに、ins-CMは中極性溶媒中であっても80-90%程度の高い量子収率を保持した。一方、同様の条件ではuns-CMの量子収率は40-70%に低下した。このような違いは、ins-CMの共役系が基底状態において捻じれるという被覆効果によって、ins-CMの無輻射速度定数が低下したためである。さらに、高極性溶媒中においてもins-CMはuns-CMより高い量子収率を示した。これは、極性溶媒中において励起状態にある分子の過渡的な構造変化が、被覆によって抑制されたためであると考えられる。したがって、本研究では被覆構造を利用したことによって溶媒効果を制御し、分子の量子収率を向上させることに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は当初の計画である光分解性材料の創製に加え、発光性材料の研究としても発展している。1点目に、発光性材料の研究としては、溶質への溶媒効果に対する超分子構造の影響を、系統的に明らかにすることができた。これを達成したことによって、今後は発光性材料の設計につながる新しい戦略が可能となり、発光性ゲル材料といった後続の新研究にも有用な知見を与えることが期待できる。なお、本研究の成果は現在、国際誌に投稿中である。2点目に、光分解性材料の創製において、本研究で開発した分子は予期した通りの光反応性を有することが明らかとなった。具体的には、超分子型構造を有する色素分子は光安定性を有する一方で、対応する非超分子型色素分子は効率的な光分解性を有することが明らかとなった。このような新特性に加え、当該色素分子の超分子構造は可逆的であることや、ゲル材料中においても発現することが判明している。一方、アクリル系高分子材料中で色素分子の光分解を発現させるには、アクリル系樹脂の違いによって光分解性の制約が生じることが判明した。これは研究当初では予測していなかった結果であり、有効なアクリル系樹脂については現在も引き続き調査中である。しかしこのような過程は、本材料が光分解性のみならず、熱応答性も有するという新たな発見に通じた。このような熱応答性は非平衡型の熱センサや熱伝導性の測定手法として有用であることも判明しつつある。 以上を要約すると、本研究ではその一部において予測通りの進展が得られなかったものの、全体としては確実に進展した。また本研究は、新規光分解性材料の創製という当初の目的のみならず、発光性材料や熱応答性材料の発見にも通じており、当初の期待以上に後続の新研究を活性化させるという展望が開けた。
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今後の研究の推進方策 |
今後は超分子型モノマーのみならず、これを導入したポリマーゲル材料についても詳細な特性調査を行い、ミクロ・マクロスケールの両面から、材料の光分解性およびその切替性能を明らかとする。 1点目に、架橋剤である超分子型モノマーの特性調査においては、1H NMRスペクトルやサイズ排除クロマトグラフィーを用いることで、光分解生成物の経時的定量を行う。また、被覆構造の形成に関わる置換基効果を検討し、アレニウスプロットを作製することで、超分子・非超分子状態の間に存在する活性化障壁を実験的に明らかにする。以上のような手法から、架橋剤の超分子・非超分子構造に基づく非分解・分解状態の明確な切替が可能な分子設計を確定させる。 2点目に、材料の特性調査においては、超分子構造の切替が水分子によって誘起できることと、対応して材料の光分解性が変化することを実証する。前者の超分子構造の切替については、材料中においても発現する現象であることを、発光スペクトルの波長シフトから既に確認できている。本年度では、本現象についてのさらなる詳細な調査を目指し、固体NMR法を用いた架橋構造のより直接的な観測を行う。また、後者である材料光分解性については、粘弾性試験や引張試験等といった測定手法を用いて明らかにする。ここで、材料内部における超分子構造の形成に応じて、光照射中の貯蔵弾性率は異なる挙動を示すことが期待される。そこで、同パラメータを架橋剤の分解特性と比較することによって、意図した分子設計が材料物性として反応されているかを確定させる。 以上のように本研究では、架橋剤・ゲル材料というスケールの全く異なる観測対象から、分子の反応性に関する情報を抽出し、材料の光分解性・光安定性を両立させるための有用な材料設計指針を提供する。
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