研究課題/領域番号 |
20J23131
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
乾 聡介 大阪市立大学, 大学院理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 超流動 / 量子渦 / 格子ボルツマン法 |
研究実績の概要 |
近年の技術的な発展により、様々な方法で超流動ヘリウムのダイナミクスが可視化可能になってきた。それにより、有限温度の超流動に特有な二流体(粘性のない超流体+粘性のある常流体)の性質から生じる、未知の物理現象の数々が明らかになりつつある。超流動ヘリウム研究における従来の数値的なアプローチは巨視的な模型を用いたもの、もしくは量子渦の統計的な性質を研究するものが主流であったが、高解像度の実験の実現とともに、それらを定量的に再現できる微視的な模型に則った数値計算の必要性が高まっている。その第一段階として常流体と超流体の二流体結合ダイナミクスの計算を行った。Navier-Stokes方程式を直接数値的に解き常流体のダイナミクスを得た先行研究はいくつか行われているが、本研究では格子ボルツマン法を用いて非直接的にNavier-Stokes方程式を解いている。この手法のメリットは、実験で用いられるような複雑な境界条件を想定した数値計算が容易であり、量子渦と常流体(流体粒子)の相互作用の物理的な描像が比較的容易なことである。この研究の内容はPhysical Review Bで掲載された。 この研究の次の段階として、拡張一流体模型に基づいた数値計算に着手している。数値計算手法は格子ボルツマン法に基づいたもので、概ね完成しており、近日中に学会および学術論文等で報告予定である。拡張一流体模型とは、超流動ヘリウムのダイナミクスを流体の重心流速度場と熱流束で記述するというものである。二流体模型における根本的な場(超流体速度場と常流体速度場)とは変数変換と通して基本的に等価なものであるが、様々な場合において拡張一流体模型を用いた方が実験的な描像や量子渦との相互作用がより明確になる。また実験においても重心流速度場と熱流束は直接観測できる物理量であるところが、この模型の利点である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
自己評価の主な基準は以下の3点である: 1.常流体と超流体の二流体結合ダイナミクスの計算。この結果はPhysical Review B誌に掲載された。内容は、格子ボルツマン法を用いて非直接的にNavier-Stokes方程式を解きシミュレーションを行い、先行研究と比較を行うというものである。この手法を用いると、従来の手法では計算が困難であった状況においても、計算が容易になりうる。つまり数値的に探索できる超流動現象が飛躍的に多くなると考えられる。また、この格子ボルツマン法を用いた手法を拡張して次に示す一流体拡張模型の計算手法を開発した。 2.拡張一流体模型に基づいた数値計算手法の確立(二次元系)。一流体拡張模型を用い『量子渦』と『熱流』の織りなす様々な現象をより直接的に数値計算を行うための法計算手法を、量子渦糸法と格子ボルツマン法ベースに確立した。現在のところは二次元計算のみ行える状況であるが、論文にまとめるだけの新規性があると考え、現在論文を執筆中である。また、この計算方法は、近年の微粒子を用いた量子渦の可視化実験等の再現に有効であると考えられ、超流動研究に新たな強力な数値計算手法を導入することができたと考える。 3.実験グループとの共同研究。上記の微粒子を用いた量子渦の可視化実験の一つに共同研究として参加し、Science Advances誌から論文を出版した。従来の量子渦可視化実験では、可視化のために用いられる粒子は比較的密度の小さいものばかりであったが、本研究では比較的密度の大きい金属/半導体粒子を用いて行なっている。その結果、可視化の解像度が上がるだけでなく、単一の量子渦を電磁波を用い光学的に操作することが原理上可能になってくるという、非常に画期的なものであり、理由2.で述べた数値計算方が「得意」とする状況であり、実験と数値計算の比較が今後の課題となってくると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に開発に成功した数値計算手法をベースに三次元の『量子渦』と『熱流束』の連立計算を行う。この数値計算手法の根拠となる理論は一流体拡張模型と呼ばれ、従来の超流動研究で用いられる二流体模型とは少し異なった視点で超流動現象を捉える。それは、有限温度の超流動ヘリウムを超流体と常流体の混合物として捉えるのではなく、重心速度場vとその流れ場に乗って移流する熱流束qで記述されるというものである。数値的には、これら二つのベクトル場を一次及び二次のモーメントとするような分布関数を考え、その分布関数を格子上で離散化しボルツマン方程式を数値的に解くことでvとqの時間発展を得る。 この模型は比較的近年に提唱されたものであり、あまり広く周知されていない。したがって、この模型(およびその数値計算法)の有用性を示す論文を出版することが急がれる。現在、一流体拡張模型と数値計算方法を纏めた学術論文と夏に行われる国際学会(LT29)のProceedingsのための論文を二編執筆中であり、今年度上半期中でのacceptを目指す。 下半期では、今までの研究結果を纏めて学位論文を作成するほか、『量子渦』と『熱流束』の数値計算法をさらに拡張して、三次元系(回転流及び吸い込み流など)や境界付近の熱対向流中での量子渦のダイナミクスなど、従来の手法では実現できなかった系を用いて数値計算を行い、論文出版を目指す。 また今年度からは、過去二年間ほとんど実施されなかった対面での学会等が再開されてくると思われるので、積極的に口頭発表や他の研究者との意見交換を行い、知見を広げていきたいと考えている。
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