2020年度は主に量子化学における局在電子描像と非局在電子描像を橋渡しする方法論について考察し、分子軌道で構成される電子波動関数を共鳴理論の見地から解析する方法の定式化とその性質の調査をおこなった。 同法では原子軌道基底で構成された行列式の各々を共鳴構造として定め、それらが波動関数で占める割合を数値的に評価する。これにより、分子軌道法に基づいた量子化学計算からは得難い、化学的に有用な情報を引き出すことを意図している。ここに述べた共鳴構造の割合を非直交軌道の第二量子化形式を使って定式化し、分子軌道波動関数に対して簡便に計算可能な密度行列に基づいた表式を導いた。 数値検証のためにこの解析を分子軌道波動関数に適用し、既存の解析法や非経験的原子価結合法による先行計算との比較をおこなった。対象とする系として不飽和炭化水素やホルムアミドの異性化反応、ジアザジボレチジン異性体などをとりあげ、パイ電子系における共鳴構造の割合を計算した。先行研究においてジアザジボレチジン異性体は窒素原子の置換位置によって電子特性が異なることが報告されており、その定量的評価のために磁気遮蔽効果に関する解析がなされていた。この系に対して、共鳴理論の観点から価電子構造を解析することによっても同等の結論が導かれることを示した。また概して、同解析法において算出した共鳴構造の割合と非経験的原子価結合法による計算値には傾向の一致が見られた。
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