腸上皮組織は、栄養吸収や内分泌機能を介して、加齢に伴う様々な組織・臓器の機能低下や代謝異常に影響を与える可能性があるが、その作用機序は未解明である。本研究は、single cell RNA-seq解析、腸管オルガノイド培養システム、マウス個体の解析などを用いて、腸上皮組織の加齢変化が個体老化に及ぼす影響を明らかにすることを目指すものである。 腸上皮組織の加齢変化を同定するために、昨年度までに、若齢マウスと加齢マウス由来小腸上皮細胞のsingle cell RNA-seq解析を実施し、細胞種ごとの加齢性発現変動遺伝子群を同定した。さらに、発現変動遺伝子群の上流解析に基づき、腸上皮組織の加齢変化を制御するシグナル伝達経路の候補を多数得た。若齢マウス由来腸管オルガノイドを用いたスクリーニング、ならびに、シグナル伝達経路活性変化のin vivo解析を実施した結果、腸上皮組織の加齢変化を誘導する複数のシグナル伝達経路を同定した。本年度は、詳細な解析を進めた結果、複数のシグナル伝達経路間の活性化状態のバランスが、腸上皮幹細胞プールの維持、腸内分泌細胞への分化促進、吸収上皮細胞における脂質代謝関連遺伝子の発現変化に重要であることを見出した。腸内分泌細胞と吸収上皮細胞の機能変化は、全身の代謝制御に関連するため、腸上皮組織の加齢変化が個体老化に影響を及ぼす可能性が示唆された。以上の研究成果により、腸上皮組織のエイジングを制御するシグナル伝達ネットワーク群が明らかとなった。 今後は、腸上皮組織においてこれらのシグナル伝達経路に介入し、全身の糖代謝や脂質代謝に与える影響を調べることで、個体老化における腸上皮組織の役割が明らかになると考えられる。将来的には、腸上皮組織のエイジングを制御するシグナル伝達ネットワークを標的とすることで、加齢に伴う代謝異常に対する予防法・治療法の開発を目指す。
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