研究課題/領域番号 |
20K00006
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
篠原 雅武 京都大学, 総合生存学館, 特定准教授 (10636335)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 人新世 / 新しいエコロジー / 人間の条件 / 写真 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、エコロジカルな危機の状況(人新世)のなかで生きる人間存在の条件を、「空間性のあるもの」「人間ならざるもの」として問い、哲学的に理論化するのを目的とする。 2021年度の研究は、概ねこの目的に従うものであった。 現代における哲学の著作(とりわけ、ティモシー・モートン、ディペッシュ・チャクラバルティ)の読解と解釈、さらにはハンナ・アーレンとの『人間の条件』の読解と解釈(人間生活の条件の構築と自然に対する暴力性の問題)をおこない、論文を書き、英語の査読付きジャーナルPublic Cultureに投稿した。この論文は、受理されなかったが、それを改稿する形で、別の論文を書き、同じく英語の査読付きジャーナル(International Journal of Body, Nature, and Culture)に投稿し、受理された。また、人新世における人間存在の条件をめぐる実践的問題を探るため、写真家の川内倫子とやりとりを行った。写真の解釈だけでなく、写真と哲学の関係に関する考察をやりとりのなかで深め、批評文や解題というかたちで発表した。 以上の成果は、第一に、人間生活の条件の不安定性という哲学的な問題を、人新世の哲学で提起されているPlanetに関する問題の観点から定式化し直し、現実世界に対する哲学的思考の可能性に貢献した点で意義あるものといえる。第二に、写真家との関わりの中で哲学の思考を試み、アートの可能性を踏まえた哲学的・人文学的な言語形式の実験を試みた点で意義あるものといえる。第三に、論文および解題を英語で発表することを試みたが、これは惑星的な課題としての人新世の問題をめぐる世界の思想圏の内部にダイレクトに接続しつつ、日本の思想的感覚の立場から欧米的な思考設定(自然・人間の二元論)を掘り崩すことの可能性を示そうとした点で意義あるものといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は、現代における哲学の著作の読解と解釈をおこないつつ、アーティスト、写真家、キュレーターとのやりとりを通じてその意義を確かめることを試みた。とりわけ、写真家の川内倫子との共同作業、キュレーターの長谷川祐子とのディスカッションが重要であった。そこで新しいエコロジー思想がアートの現場でいかに重要になっているかを確かめることができただけでなく、作品解説、論集への寄稿やウェブ媒体での発表を通じて、その意義を広く伝えることができた。また、建築学会での報告などをつうじて、建築・都市計画の分野でのエコロジカル・クライシスをめぐる議論の現状を知り、それとの接点で自分の研究を深めることができた。さらに、韓国の建国大学で行われたオンライン・シンポジウムでみずから報告を行い、そこでのディスカッションに参加する過程で、非西洋圏(とりわけ、東アジア)における新しい思想動向のリサーチを行うことができた。さらに、人新世の人文科学的解釈の観点からの読解と論文作成をつうじて、エコロジカル・クライシスの背景にある「自然と人間の二元論」の問題を「人間世界の境界とその不明瞭化」というアイデアの観点から論じることの可能性を確かめることができた。その副産物として、オンライン環境を有効活用するなか、アメリカやドイツ在住の編集者・批評家・アーティストとのやり取りをも交えることができたため、その過程で、人新世をめぐる新しい知と芸術の状況を直接的に知ることができた。成果発表においても、英語の査読付きジャーナルへの投稿を試み、引き続きその領域を英語圏にも広げることができた。ただ、今年度採用された論文数は一つだったため、その点では進捗状況は遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度の研究では、第一に、チャクラバルティの著作(The Climate of History in a planetary age, 2021)で示された見解(人間の条件にある他性othernessをいかにして考えるか)について哲学的な考察を行うことを基本とする。現時点では、20世紀後半の哲学・思想の成果としての「non-human」「materiality」に関する考察を手がかりにして文献読解を行うことを考えているが、それだけでなく、写真やビデオアートをはじめとする複製技術時代の芸術の現代的意義を確かめることとの接点で、人間の自然な知覚を超えたところで触れられる領域としてそれを捉える議論の定式化を試みている。そのためにも、2020年度より始めた写真家やアーティストとの共同作業を展開し、エコロジカル・クライシスの時代における人文科学とアートの共同関係の可能性を追求する。また、2022年5月下旬にベルリンの「世界文化の家」でAnthropoceneをめぐるシンポジウムやアート作品の展示が行われるので、そこに参加して、世界での議論・研究状況をリサーチする。可能であれば、ライス大学のティモシー・モートン氏のもとを訪問し、現在の研究状況に関してインタヴューを行う。研究成果の発表に関しては、英語ジャーナルへの投稿のための論文を準備し執筆しているので、2021年度内の完成を目指す。英語での著書の執筆計画も立てているので、その実現もめざす。また、写真家の川内倫子と始めた「写真とテキストの対話的作品」の完成を目指しているが、これも日本語だけでなく英語版での出版を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルスのため、海外渡航ができなかったため。
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