研究課題/領域番号 |
20K00012
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
田中 朋弘 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(文), 教授 (90295288)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 専門職 / 技術 / 技能 / 倫理的熟達性 / プラトン / アリストテレス / アナス / スティクター |
研究実績の概要 |
本研究では、中心となる問いを「専門職の倫理的熟達性とは何か」と設定し、それに答えることを目指す。そのために初年度であるR2年度は、徳倫理学における徳と技術(skill)(およびその熟達性[expertise])の類比論について、アナス(Annas, J.)による徳と技能の類似性に関する議論(Annas 1995)を取り上げ、それがどのような立場であるのかを検討した。次いで二年目となる本年度(R3年度)、アナスの解釈に対していくつかの疑問を投げかけたスティクター(Stichter, M.) の議論(Stichter 2007)を取り上げて、そのアナス批判が妥当であるかを検討した。またその際特に、技能について両者がどのような観点から論じているかということに着目した。アナスはプラトンに倣って、徳と技能に共通するのは、(1)教示可能性、(2)統一性、(3)説明可能性という三つの要素と見なしており、両者が持つ知的構造を重要視している。こうした徳と技術の知性主義的モデルに対して、スティクターはアリストテレスやイソクラテスを支持し、徳や技能が経験主義的なモデルとして考えられるべきではないかと主張している。これらの検討から分かったことは、1) アナスもスティクターも、徳と技能の類似性をある程度認めており、それらがコツ(knack)と異なるという点では一致していること、2) 両者ともに、技能とコツの違いについては認めるが、技能とコツの関係性については詳しく論じていないこと、3) 一見してそう考えられるほど、技能とコツの関係は単純に相反するものではないこと、4)技能とコツの関係を踏まえると、技能と似ているとみなされる徳についても、経験や直観に基づくとされるコツの観点からの検討も必要になるのではないかということ、以上である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「専門職における倫理的熟達性とは何か」という基本的な問いに答えるために、本研究は三年計画として、以下の予定で進めている。1) [R2年度] 徳と熟達性の検討#1。Julia Annasの徳と技能に関する議論を検討する。2) [R3年度]徳と熟達性の検討#2。Matt Stichterのアリストテレス的な徳と技能に関する議論を検討する。そして、AnnasとStichterの議論を比較検討する。3) [R4年度]専門職における倫理的熟達性の検討および全体の総括。Patricia Benner、Hubert Dreyfus、Beauchamp &Childressなどの倫理と技術に関する文献を通して、専門職の倫理的熟達性一般について検討する。以上を踏まえて、R2年度[初年度]は当初の予定に従って、Julia Annasの議論を検討した。ただしコロナの対応のため必要な時間が確保できず、一定のサーベイはできたが、研究成果を公表するまでには至らなかった。R3年度[二年目]は、前年度の遅れをフォローアップしながら、予定に従って、Matt Stichterのアリストテレス的な徳と技能の熟達性の関係を検討し、次いで前年度の研究を踏まえて、AnnasとStichterの議論を比較検討した。その成果は、[研究ノート] 「徳・技能・コツ-予備的考察-」田中朋弘、『人文科学論叢』熊本大学大学院人文社会科学研究部(文学系) (3) 141-153、2022年3月、として公表した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画二年目であるR3年度は、なおコロナウィルスの影響によって、研究会やセミナーを十分に活用するには至らなかった。R2年度の遅れ分は、R3年度は年度初めからペースを上げて研究を進めた結果、かなり取り戻せたがまだ十分とは言えない状況にある。R3年度中に、必要とされる文献はかなり入手できたので、R4年度はそれらに関する分析と考察を進める。また改善しつつあるコロナの状況を見ながら、対面または遠隔方式によって研究会またはセミナーなどに参加したり実施したりして、自身の研究の内容に関して外からのフィードバックを受ける。R4年度の具体的な検討課題としては、R2年度とR3年度の成果を踏まえながら、1)徳と技能に関するより新しい議論を調査し、さらに、2)専門職における倫理的熟達性一般についての検討を行い、研究全体をまとめる。ここまでは、徳と技能の関係に関する分析が中心となってきたが、最終的な検討はそれらを踏まえて、規範倫理学理論において、倫理性と熟達性の問題がどのように考えられるべきかを、全般的に考察することが必要となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
R2年度は、通年でコロナの影響があり、研究代表者の旅費、講演会やセミナー講師の旅費、人件費・謝金などが執行できなかった。またそのため、研究全体が予定より大きく遅れたため、予算の執行が予定通りできなかった。R3年度は、研究の遅れはある程度取り戻せたが、いまだ研究出張などが実施できない状況であったため、旅費や人件費の執行が予定通り進められなかった。R4年度は、コロナの状況を勘案しながら予算執行を進める。
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