研究期間を延長して実施した本年度の研究は、これまでの研究をまとめるかたちで、著作『ブルーフィルムの哲学 「見てはいけない映画」を見る』(NHK出版)を公刊した。そこでは、1980年代にアダルトビデオが普及する以前の日本におけるハードコアポルノである「ブルーフィルム」を題材にして、性的モノ化などの倫理をめぐる問題を扱うことになった。『風立ちぬ』や『柚子娘』などの作品について、鑑賞者の証言や作品の内容を分析することで、女性を中心とする登場人物がどのようなモノ化されているのかが検討された。 マッキノンやドウォーキンなどのラディカルフェミニズムの議論やそれに影響を受けたポルノの哲学の議論における「性的モノ化」の論点は、検討を導く「見方(ヴィジョン」)としては有効であり、そのような観点から性表現を分析する意義は明らかである。しかし、「ポルノグラフィはモノ化しているゆえに悪い」などの一般的な主張を展開することは困難であり、ヌスバウムが性表現におけるモノ化は文脈において「素晴らしい」ものでもありうることを示したように、個々の表現や鑑賞の状況を考慮しなければならない。むしろ表現の内容におけるモノ化の有無や是非よりも、制作現場での人権侵害の論点の方が重要であることが明らかにもなった(この論点もまた個々の状況を精査することが求められ、一般的に制作現場の善悪を論じることは難しい)。 最終的に課題として浮かび上がったのが、ポルノグラフィやその制作の状況を記録した資料が残されにくいことである。あらかじめジャンルの全体を違法なものや犯罪と結びつきやすいものなどと見なすことは、作品や制作状況を検討するための資料(出演者の証言などを含む)を残すことを困難にしてしまう。そうしたことから、ポルノグラフィや関連資料のアーカイブをめぐる課題があることも明らかになり、新たな研究プロジェクトの実施につながった。
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