研究課題
今年度は、12世紀チベットで様々な学説の体系化を行ったサンプ・ネウトク僧院の学僧ギャマルワとその弟子チャパ・チュキセンゲによる二諦説の中で、どのようにして最高の真実(勝義)を悟るのか、について彼らの議論を精査した。それにより、以下のような暫定的結論を得た。彼らはともに8世紀のインドの中観思想家ジュニャーナガルバが著した『二諦分別論』に注釈書を残しているが、そこで先行する諸注釈を批判的に扱っており、インド撰述で権威とも考えられた『二諦分別論細疏』に対して異論を述べている。彼らチベット人が、インドのものを鵜呑みにするのではなく、自分たちの教学を形成するために取捨選択していたことがわかる。また、最高の真実をどのように悟るのか、という問いには、彼らは論理的考察の重要性を強調し、それを前提とした精神修養により自分のマインドセットを変えて、言語表現や煩悩にもとづく計らいを捨てることを第一とした。この姿勢は、無念無想の瞑想によって悟りに到達する、という禅宗的な考えを否定するものであり、チベット仏教が抱えていた論理無用・段階的な修行無用論への反論でもある。僧院で僧侶が学問と修行をするという基本的なシステム構築のためには、段階的なカリキュラムを必要とする。教育的視点からも、論理的考察と精神修養的修行の意義は大きいものと考えられる。ギャマルワとチャパによる議論は、単に哲学的な議論にとどまらず、チベット仏教教学の形成全体に関わるものであったのではないかと推察できよう。この研究成果ついて発表する論稿を準備中である。
3: やや遅れている
本務校での予期せぬ事態などで業務負担が大きく、予定通りに研究が進まなかった。また次年度に開催予定の国際学会に参加するため、研究期間の延長を行うこととした。
調査を行ったギャマルワとチャパの二諦説について、論稿をまとめ、国際ワークショップ(5月:アメリカ・マディソン大学、11月:国立台湾大学)で研究発表を行い、論文にまとめる。本研究課題の最終年度になるので、諸学説の体系化とチベット仏教教学の形成について、総括を行う。
コロナ禍によって旅費の支出がなく、次年度に国内外出張と対面での研究会開催に使用する。
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Orna Almogi (ed.), Evolution of Scriptures, Formation of Canons: The Buddhist Case. Indian and Tibetan Studies Series 13. Hamburg: Department of Indian and Tibetan Studies
巻: 13 ページ: 63-93