研究課題/領域番号 |
20K00062
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研究機関 | 大東文化大学 |
研究代表者 |
新居 洋子 大東文化大学, 文学部, 准教授 (10757280)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | シノロジー / 在華宣教師 / 康熙帝遺詔 / ティツィング使節団 / フランス東インド会社 / スペイン王立フィリピン会社 / 賭博禁止の訓諭 / フランス道徳教育における中国情報 |
研究実績の概要 |
第2年度は、まず研究計画「【1】清代の在華宣教師による、中国をめぐる知の形成」、「【2】在華宣教師の発信した知の伝達」について、調査および成果のまとめを行った。【1】に関しては、初年度に引き続き『康熙帝遺詔』の欧文訳の調査を中心とした。これまでに入手、解読を進めてきた5種の欧文訳(仏語3種、独語・伊語各1種)について、訳語や精度からみる各特徴、宣教師の手稿など関連史料からみる各翻訳の目的、翻訳やヨーロッパへの伝達に関わった人物(宣教師、フランス東インド会社やスペイン王立フィリピン会社の関係者、フランス海軍士官、自然史学者など)を明らかにした。 この5種のうち、最後に公刊されたのはフランス出身の在華(元)イエズス会宣教師グラモンによる仏語訳だが、この人物は18世紀末に清朝を訪れた仏、英、そして蘭の各使節団と直接あるいは間接に関わっており、非カトリック圏を含めたヨーロッパ全体への中国情報発信、およびその19世紀以降のシノロジーの展開にとって鍵になった可能性がある。つまり本研究では【1】【2】と「【3】中国をめぐる知のヨーロッパ到達後における流通や重訳、再発信、およびヨーロッパにおける中国学の形成との関わり」を架橋し得る人物として重要である。そのため、とくにグラモンの経歴や各使節団との交流について、清朝档案ならびに欧文史料の調査に注力した。 【3】に関しては、新たな発見として、18・19世紀フランスで広く出版された複数の書物に、在華宣教師が18世紀に仏語訳した雍正帝による賭博禁止の訓諭が、おもに道徳教育を目的として引用されていることが分かった。これらの引用は随所でかなり自由な改変が加えられており、現地語への習熟を基礎とし、原文主義的傾向をもつシノロジーとは異なる方向性で、中国をめぐる知がフランス社会に浸透したことを窺わせる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に引き続きコロナの蔓延により海外での史料調査が全くできなかった他、国内での調査の範囲も限定された。その影響は小さくない。 ただし初年度の時点でこの状況は予測できたため、これまでの史料調査の蓄積をいかしながら研究をある程度効率的に進めることができた。そのなかで従来の研究では注目されてこなかった(元)イエズス会宣教師グラモンの重要性に気づくことができたのは大きな収穫である。この人物に関しては関連する清朝档案や、フランス語の公刊史料が限られているが、「18世紀オランダ東インド会社の遣清使節日記の翻訳と研究」研究会で報告の機会が与えられた際、ティツィング使節団とグラモンとの結びつきに関わる蘭語史料などについて、多くの貴重な助言が参加者から提供された。 また19世紀フランスにおけるシノロジー形成に関しても、画期的な役割を果たしたレミュザの文章を再検討した結果、清との接触を活発化させ中国情報の取得でも優位に立ちつつあるイギリスに対し、自国の後退を憂えたレミュザの「国家」的危機という認識が、シノロジーの立ち上げに深く作用していたことが分かった。 それのみならず、コロナ禍以前に上海徐家匯蔵書楼で調査したフランス語史料を再検討するなかで、18世紀末以降のフランスにおいて、中国をめぐる知が、必ずしもシノロジーに独占されたわけではなく、それとは異なる方向性においても広く社会的に流通、浸透したことに注目するにいたった。具体的には、シノロジーにおいては固有の言語と空間をもつ「シナ」の独自性を追求する態度が一貫しているのに対し、宣教師によるもとの翻訳からの引用、孫引きを繰り返すうち自由な改変が加わり、いわばフランス社会に同化していくような中国情報も存在した可能性を強く窺わせ、本研究に新たな展開をもたらした。 以上の成果を踏まえ、本研究はおおむね順調に進展しているものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
第3年度もコロナ禍により海外での史料調査の範囲や時期が相当限定されることが予想される。状況が許せば、パリ、ハーグ、ライデン、台北、北京などでの史料調査を再開したい。 具体的な研究内容としては、第2年度に新たに着目した問題、とくに18世紀末にヨーロッパ各国から清に派遣された訪れた使節や各貿易関係者とグラモンとの情報交流の実態、および18・19世紀フランスの道徳教育における中国情報の活用について調査を進めることによって、研究計画の【3】の解明に結び付けたい。 また第2年度に大東文化大学人文科学研究所の班研究に関連して、景教碑の西伝について調べた際、景教碑情報のヨーロッパへの伝播が契機となって清代の金石学とヨーロッパのシノロジーとの接触が起こっていることに気づいた。これは本研究の【3】とも関連する問題と考えられるため、清とヨーロッパの双方において史料調査を行う。 さらに本研究は比較的広い範囲の地域にまたがり、現時点でのコロナ禍の影響もあることから、地域によっては最新の研究状況や史料の公開状況など研究情報を補う必要がある。このため情報交換の場となる研究交流ネットワークの構築を計画している。具体的にはおもに国内の若手研究者を招へいし、講習やワークショップを行う。このことは、関連分野の専門家との対話を通して、研究の方向性を適宜見直し、修正するのにも大いに役立つものと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じたのは、初年度に引き続き、新型コロナウィルスの蔓延により、海外での史料調査が不可能となり、加えて国内での史料調査も大幅に制限されたことが最大の理由である。使用計画としては、おもに以下の4項目に分かれる。 ①海外での調査が可能となった場合は、フランス国立図書館および国立公文書館、オランダ王立図書館および国立公文書館、ライデン大学図書館、台湾中央研究院、故宮博物院、北京第一歴史档案館において史料調査を行うための旅費にあてる。②国内では東洋文庫、国立公文書館、天理大学図書館、京都大学各図書館、および国際日本文化研究センターでの史料調査のための旅費にあてる。③研究交流ネットワークの構築のため、国内研究者の招へいを計画しており、その謝金など諸経費にあてる。④関連する欧文、中文、和文の研究文献や史料の複写、購入、さらに国際誌への投稿論文および要旨のネイティブチェックの経費にあてる。
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