研究課題/領域番号 |
20K00069
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
八木 久美子 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (90251561)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | イスラム / イスラーム / 家族 / 結婚 / ウラマー |
研究実績の概要 |
2019年度までの研究でもっとも有効な資料となったのは、一般信徒の質問、相談に応える形でウラマーが出す法的見解、ファトゥワーである。ウラマーの考えが表明されるという点では同じでも、モスクでの説教(フトゥバ)ではウラマーが主題を選択し、集団としての一般信徒に向かって一方的になすものであるのに対して、ファトゥワーは、まず一般信徒問いを立てることから始まる、言い換えれば、一般信徒が関心を寄せること、疑問に思うことが主題になるという点において決定的な違いがある。さらに近年では、出されたファトゥワーが多様なメディアで公開され、幅広い支持を受けたファトゥワーは繰り返し引用され、人々のあいだに共有されることで、「定説」を生み出す原動力になる。 本研究「家族概念から見る近代国家におけるイスラム性と世俗性:20世紀のエジプトを中心に」に着手し、ファトゥワーを扱うなかで気づいたのは、結婚、離婚、子の養育/教育など家族に関する問題について論じたものが多いことであった。とりわけ家族形成の契機となる結婚については、古い慣習から自由に、自らの意志によって結婚しようとする結婚適齢の青年たちの行動が、実は伝統的なウラマーの結婚をめぐる議論に後押しされているということが確認劇たことは重要なポイントであった。 この事例は一般に「イスラムの規範」とみなされているものが実はその地域の慣習に過ぎない可能性があること、伝統的なイスラムの法規範に立ち返ることで、規範の成り立ち、その生成過程の再検討をしなければならないことが明らかになった。特定の家族のあり方が「イスラム」的に正しいとされる場合もまた、そうした言説の「イスラム性」そのものを分析することの重要性がはっきりとしたことは今後の研究を進めるうえで重要な点である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では2020年8月にニュージーランドのオタゴ大学で開催される世界宗教史学会(IAHR)で発表を行い、海外の研究者と意見交換を行う予定であったが、コロナ禍にあって中止となった。また同じ理由で、海外での資料収集も実施できなかった。 しかしその一方で、2019年度までの前研究と本年度の研究成果をまとめたものを単著(『神の嘉する結婚:イスラムの規範と現代社会』)として計画よりも早く公刊し、研究成果を世に問うことができた。これによって、今後の研究を進めるにあたっての基本的な議論を固めることができたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度までの研究の延長線上に位置づける形で、2020年度の研究では、イスラム教徒の社会において結婚がどのようにイスラムの枠組みの中に位置づけられているかに焦点を当ててきた。そのなかで見えてきたのは、結婚、あるいは妻と夫という配偶者の関係にイスラム法がいかに関与するかだけではなく、その子までをも含めたいわゆる核家族について、イスラム教徒の社会でどのような言説が形成されているのかを見なければならないという点である。 現段階では、次のような仮説を立てている。近代国民国家というシステムの下、社会の最小単位として核家族が位置づけられ、その一方で(忠誠をめぐって国家と競合するものとして)大家族の意味が否定されていく。そして、大家族の庇護を失った核家族を国家が直接、支配するという構造が作られる。そのために、核家族はイスラム的な言説によって聖化され、核家族こそが家族という言説が確立される。 この点を検証するために有効と考えらえるのは、学校教科書の分析である。本研究の対象地域であるエジプトでは、大学前教育に関しては、カリキュラムも教科書も、教育省のもとで統一されており、きわめて中央集権的な教育システムになっている。そのため、社会、歴史、「祖国教育」などの科目の教科書をとりあげ、そのなかで核家族がどのように描かれているか、どのような言説が繰り返されているか、を見ることで、家族がどのように書かれ、どのような語彙、論理で聖性を与えられているかを明らかにしていきたい。なお、小学校から高校までの、いわゆる分系科目の教科書は去年度のものについてはすでに入手している。 なお「宗教」科目については、イスラム教徒用のものと、キリスト教徒用のものに分かれているため、時間的に余裕があれば、二つの教科書に現れる家族の描き方が同じであるか否かを確認したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度に予定していた国際学会への参加と海外での資料収集が、コロナ禍により中止せざるを得なくなったために未使用額が発生した。 2021年度は、2022年2月にエジプトで開催されるブックフェアに合わせて資料収集を行う予定である。当初の予定よりも長期間滞在することで、書店、大学図書館、国立図書館を訪れるだけではなく、教育省を訪問し、敷設の資料館で調査を行うことで十分な成果を上げることができると考えられる。
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