『葉隠』の武士道における「忠誠」の意義を、広く日本倫理思想史の中に位置づけるとともに、普遍的な倫理学的問題につながるものとして掘り下げるべく、「誠実とは何か」という問いのもとで考究する、という課題に引き続き取り組んだ。成果として、学術論文1本を執筆・公表した。研究期間全体を通じては、『葉隠』に即した論文2本と、近世日本における儒学の倫理思想に目配りした論文1本を、公表したことになる。当初計画していた他の研究者との意見交換や、それをもとにした論文集の公刊については、コロナ禍および想定していた相手研究者の健康状態等、やむを得ない事情で予定が遅れ、1年の期間延長を経てなお、具体化の方途を模索している段階にある。ともあれ、その基盤となるべき代表者自身の研究については、相応の成果を挙げることが出来た。具体的には、『葉隠』において求められた「忠誠」の倫理が、かけがえない主君および国家のための迷いなき死と、同じものののための「奉公」として要請されるきわめて反省的かつ継続的な生、以上両側面の矛盾的接合に特徴づけられること、および、その理想を凝縮した局面が、主君に対してのあるべき「諌言」行為にあったこと、等を改めて浮き彫りにすることが出来た。また、当の理想的「忠誠」に内包される矛盾が、同時代の儒学その他において求められた、自他に対する「誠実」にも通底する問題であることについても、いまだ考察の入り口としてではあれ、言及することが出来た。
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