研究課題/領域番号 |
20K00134
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研究機関 | 桐朋学園大学 |
研究代表者 |
藤村 晶子 桐朋学園大学, 音楽学部, 非常勤講師 (90773713)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 音楽学 / 美学および芸術論 / 20世紀音楽 / ヴァイマル共和国の文化 / ドイツ文化史 / メディア / ナチズム |
研究実績の概要 |
本研究は、ヴァイマル共和国期の「室内楽」をラジオメディアとの関連において検証し、室内楽に集約された時代特有の問題の解析を主目的としている。共和国期の「室内楽」は小編成アンサンブルをさすだけでなく、ラジオや映画など新しいメディアと関わることで因襲を超えようとする一種の美的標語でもあった。この認識を起点に、研究方法はパウル・ヒンデミット(1895-1963)と彼が参画した現代音楽祭の動向、フランクフルトラジオ局(SWR)の放送プログラムを分析対象に、音楽家と放送人の連携の実際、最終的には彼らがラジオという公共空間に何を期待していたのか、その具体的把握を企図するものである。 2020年~2021年は、コロナ禍によりドイツ現地での資料調査は断念せざるを得なかったが、現在は2019年までのベルリン調査で入手した共和国期のラジオ・プログラムのデータベース化作業を進め、これと並行して、往時のラジオ言説の分析をおこなっている。 2021年度研究実績には右記を挙げる。(1) 論文執筆。ラジオ放送劇の嚆矢とされるハンス・フレッシュ作・演出「放送の魔法。Zauberei auf dem Sender」(SWR, 1924年)の訳出を中心に論考としてまとめた(『桐朋学園大学研究紀要』2022年度、第48集掲載予定)。(2)大学講義では「世界大戦と音楽」シリーズの音楽史各論にて、2021年度は「亡命とメディア」をテーマに、ヴァイマル共和国期の音楽文化に大きく影響したラジオとレコードに焦点を当てた。H.フレッシュ、E.シェーンなどラジオ制作者たちと、共和国期ラジオ制作現場の動向を追った(桐朋学園大学、音楽史各論Ⅹ)。(3)FD活動。上記ラジオ放送劇「放送の魔法」音源(1962年再演)を紹介し、その意義を考察した(桐朋学園大学、音楽学合同ゼミ、2022年1月6日。コロナ禍のため非公開)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ドイツでの現地調査は実施できていないものの、2021年度は大学講義と論文の両面で、「共和国期のラジオ」を主題化した点では多少進捗した。とくにラジオ放送劇「放送の魔法 Zauber auf dem Sender」のシナリオ訳出を終え、ようやくその全貌を把握したことは有意義だったと考えている。これまで当該劇はほぼ実態不明のまま、ラジオ草創期の「音響的モンタージュ」と紋切り型で紹介されることがほとんどだったが、シナリオから読解できるのは、むしろディレクターのハンス・フレッシュ、エルンスト・シェーンをはじめとするSWR局スタッフ自作自演によるラジオ・パロディ、笑劇の性格だった。彼ら制作者たちはラジオの特性とは何かを自問しつつ、「高尚な芸術」とは異なる直截的な日常性をポジティブな利点として捉え、ラジオの未熟さを自ら笑いのめしている。この劇は生放送のアクシデントをも演じつつ、ラジオ番組を「ありのままに」放送してしまうのだが、そのラディカルな諧謔性、自己批評性はもっと認識されて良いだろう。 なお、当初の研究計画では、右記の三点から検証作業を進める予定だった。(1) ラジオ放送をプログラムと作品の両面から資料的に精査、(2) 放送目的で制作された作品の分析、(3) 「ラジオと現代音楽」をめぐる言説の考察。現段階では(2)および(3)を進めているが、(1)はドイツ現地調査が行えず、大きな進捗を見ていない。
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今後の研究の推進方策 |
新型コロナの脅威に加え、ロシア、ウクライナ間の戦争によりヨーロッパには新たな緊張が生じている。ドイツ現地調査の実施の可否とタイミングを明言することはなお困難な状況になっているが、まずは手元にある資料の精査で研究テーマの深化を図りたい。具体的には下記の三方向で進める予定である。 (1) ベルリン発行のラジオ誌Funkのデータ(1924年~1926年)による、プログラムのデータベース化作業の継続。 (2) ラジオ言説の分析(1930年代まで)。ラジオ劇「Zauber auf dem Sender」の訳出を通じ、フレッシュとシェーンのラジオ観の原点が明らかになった部分がある。ラジオにおける現代音楽の意義を彼らはどのように捉えていたのか。彼らのラジオ言説とその変化を長い射程で分析する。 (3) ヒンデミットとラジオ制作者の「室内楽」考察。2021年はドナウエッシンゲン現代室内楽音楽祭の設立100周年にあたり、新たな論文集が上梓されるなどの動きもあった(”Laboratorium der Neuen Musik",Matthias Schmid(Hg.),Schwabe Verlag,2022)。100年を経て、いま往時の現代音楽祭がどのように位置づけられているのか。新しい史料研究を参照しながら「室内楽」をめぐるヒンデミット、ラジオ制作者たちの問題意識と作品、両面からの考察を進め、論文作成を準備する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナのパンデミックにより、2021年夏に予定したドイツ渡航と現地での資料調査を実施できなかった(フランクフルトおよびベルリン)。2022年度にこれを実施する予定である。
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