研究課題/領域番号 |
20K00140
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研究機関 | 甲南女子大学 |
研究代表者 |
八尾 里絵子 甲南女子大学, 文学部, 准教授 (10285413)
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研究分担者 |
北市 記子 大阪経済大学, 人間科学部, 教授 (90412296)
門屋 博 相模女子大学, 学芸学部, 教授 (80510635)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アート・アーカイブ / 創造的アーカイブ / アート手法 / アンビルト / 山口勝弘 / イマジナリウム / 藝術文化誌『紫明』 / オンライン展覧会 |
研究実績の概要 |
本研究は「アーカイブに「創造性」が可能か、あるいは必要か? 」を起点とし、「故人となった美術家の構想をどのように可視化すべきか? 」を具現化することを目標としている。調査題材は、2018年に逝去した芸術家・山口勝弘の最晩年の持ち物で、それらを芸術資料として丁寧に調査しながら、これまで知られていない作家像を見出してゆく。その新たな事実を、適切な方法で社会に還元すべく試作を検討しながら、調査期間内で3件程度を目標に公開してゆきたいと考えている。つまり本研究は、一芸術家の調査のみならず、アートアーカイブ手法の開発として推進している。 研究開始と同時にコロナ禍となり、調査場所をウェブメディアのみに移行せざるを得なかったが、数種のウェブサービスを複合的に活用することで調査が円滑に進んだ。それにより、紙ベースである一次資料からアーカイブ資料としてオンラインで活用する為の一連のワークフローが確立できた。 今年度の主な調査項目は次の4点である。①国内外の研究機関におけるオンライン展覧会の事例調査 ②藝術文化雑誌『紫明』表紙デザインに関する資料分析 ③オンライン展覧会「藝術文化雑誌『紫明』表紙展」の公開準備 ④アンビルト構想の可視化案 このうち、②と③について概括しておく。 丹波古陶館を拠点とする「紫明の会」発行の②の雑誌は、山口が1997年から約20年間、全ての表紙デザインを担当しており、いくつかのメインビジュアルにおいて、調査中の資料から原画と関連資料を発見することができた。山口は2001年に大病をわずらい表現手法の制約を余儀なくされたが、病気以前と以後とで顕著にみられる表現面の変化は、アーティストとしての重要な転換期といえる。 最後に、③は、②の調査をオンライン展覧会として公開するもので、日英二か国語対応とし、展覧会場の形式も2パターン準備した。現段階では日本語版が完成している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
●オンライン展覧会の公開について 本年度の目標の一つに調査内容の視覚的な公開をあげており、公開方法をいくつか検討した結果、展覧会が適切と判断した。理由としてコロナ禍であることや、山口の過去のインターネットやアーカイブに関する言説に加え、これまでの我々の作業プロセスを考慮するとオンライン展覧会が妥当である。加えて、日英二か国語で発信することで、国内外問わず幅広く鑑賞してもらうことが可能となる。ここでは実験的に、展覧会の形式を2パターン準備し、ひとつは資料閲覧として活用しやすいようデータベース的インターフェースとし、もうひとつは、実空間の展覧会を想起させる仮想空間でのウォークスルー式の鑑賞方法を提示する。現段階でほぼ完成している前者の特徴は、『紫明』表紙の全號を一同に鑑賞できると供に、各號の分析結果を紹介した点である。各號のページについては、『紫明』表紙画像と供に山口自身の作品コンセプトを併記し、同時に我々の解釈を添えることで、鑑賞者に歩み寄る情報発信を心がけた。尚、後者のウォークスルー版の公開は少し遅れているものの、順次公開してゆく予定である。 ウェブサイト制作までの行程では、資料のスキャンや画像処理、資料のリスト化やテキスト入力など、細かな作業を要したが、作業補助員の雇用により円滑に進めることができた。 ●資料整理について 山口の最晩年の持ち物は故人の遺品であり、ご家族のご意向で本研究調査のために借用した芸術資料である。現段階において全ての資料分類はなかなか進まないが、誠意をもって取り扱い、本研究が終了するまでに返却が完了するよう整頓しておきたい。本研究では「創造的な」アートアーカイブを目標としながらも、借用資料のリスト化について正確に進めてゆきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策はこれまで同様、調査資料の整頓と公開にあり、今後さらに強化してゆく。 ●調査資料の整頓について 現在、保管している資料を全て分析できているわけではなく、また、我々だけで整頓できるものでもない。ただ、研究終了時のご家族への返却を考慮すれば、可能な限り整頓しておき、それを後世の研究者が調査できるよう整えておく必要があると考えている。また、今回の資料の分類方法については、前年度に調査した展覧会「日比野克彦を保存する」展(東京藝術大学)で紹介された「中心から周辺へ」という大分別の設定方法が参考になる。これを本研究用にアレンジすることで、また新たにみえてくる手法があると期待できる。 ●成果の公開について これまで2年間の成果として「藝術文化雑誌『紫明』表紙展」の公開まで辿り着いてはいるものの情報発信の強化は今後の課題であり、展覧会のプロモーション活動に注力する。具体的には、SNSの活用や対面イベントに加え、世界のアート関係者に向けての発信を想定している。そして、次年度以降にもあと2種類程度、新たな成果が公開できるよう具体化してゆきたい。そのためにまずは、研究題目にある「アンビルトの可視化に向けた」に重点を移してゆき、現在構想中のビジュアルブックの制作準備に取り掛かる。山口が生前、意欲的に創作活動をしていた頃、我々はそれを技術的にサポートしてきたが、その期間中の対話の記憶の蓄積と、これまで調査してきた膨大な資料のなかから、山口が示したアンビルトな世界観を、我々でしかできないかたちでビジュアル化してゆくことが目標である。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時は調査費用としての旅費や資料を保管運用するためのサーバ運用費、会場レンタル費を要する展覧会の開催等を想定していたが、コロナ禍により調査方法を見直すことで、経費用途の変更が生じた。今年度は、ネットワーク上の作業環境の継続維持と作業補助要員の雇用、成果物の翻訳などで助成金を活用した。 次年度については、これまでに要した月額費に加え、成果の公開のための制作物についての支出を想定している。作業補助員の雇用、オンライン展覧会のためのサービスの利用料、技術チェックへの謝礼金、イベント開催費などを想定している。また、次年度以降の実現に向けて準備を開始したビジュアルブック案については、最終的に、ある程度質の高い印刷物としてまとめられるよう計画的な助成金の活用を進めてゆく。
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備考 |
報告書中にはオンライン展覧会を2件準備中と記しているが、現時点でウォークスルー版については公開準備中のため記載しない。
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