研究実績の概要 |
本研究は、西洋音楽理論の基礎を確立した『音楽についての対話』(1000頃)を伝える56写本のヴァリアントを精査し批判的校訂版を準備することと、その伝承の実態を明らかにすることで11-12世紀における音楽教育と音楽実践のあり方を検証することを目的とする。昨年度までの研究で、『音楽についての対話』を伝える一次史料が、主にイタリア、ドイツ、フランス系という三つのグループに分けられ、それらがさらに二つずつのグループに細分化されることが分かったが、本年度、それらの6つの系統のヴァリアントを比較検討した結果、大きく二つの系統に分けられることが明らかになった。これによってテキスト伝承のあり方が明らかになってきただけではなく、曲例などについてよりオリジナルに近い形での校訂が可能となった。その成果については、アテネで開催された国際音楽学会で発表した。同時に『音楽についての対話』の影響がみとめられるアキテーヌ・トナリウス (Paris, BnF, lat. 7185)を校訂し、『音楽についての対話』の受容について考察した。このトナリウスでは旋法に関する様々な理論が紹介されているが、カロリング時代に受容された古代の理論と『音楽についての対話』の実践的な理論の融合が試みられている。日本語では、アレッツォのグイドの『韻文規則』 (1025頃)の全訳を試みた。近年、イタリアの研究者によって『音楽についての対話』の著者がアレッツォのグイドである可能性が指摘されたが、翻訳作業を通して両者の文体や理論の違いが確認できたように思う。
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