本研究の目的は、フランツ・シューベルト(1797-1828)の創作と人生に、古代の知がいかなる影響を及ぼしたかを明らかにすることである。具体的には、①19世紀初頭のウィーンのリベラルな宗教観にあって、異教的とも呼べる宗教性の影響と、②哲学界と演劇界を火元として当時のウィーンを席巻していた古代悲劇の思想の影響と、③ゲーテやシェリングらの知識人が傾倒していた古代ギリシアの哲学者プラトンの影響を探る。分析対象とするのは、哲学書をはじめとする大きな思想的背景、書簡や当時の雑誌に語られた友人たちの思想、楽譜に残された音楽テキストである。 上記の3つの切り口のうち、残る3つ目のテーマ「プラトン」を柱として、3つのことを明らかにした。第一に、シューベルトの親友マイアホーファーがシュトルベルク訳のプラトン選集を読んでいたことは指摘されていたが、この情報を基に、別の友人フランツ・ブルッフマンがプラトンに救いを求めたことを、ブルッフマンの日記から明らかにした。第二に、プラトン思想および新プラトン主義の切り口から、モーリッツ・シュヴィントによるシューベルト絵画の意味を論じた。第三に、「愛と痛み」というシューベルト自身が語るキーワードが、プラトン『パイドロス』およびそれを愛読したマイアホーファーの詩に由来することを明らかにし、この二極がシューベルトの創作を深く貫いていたことを、精神分析の知見を借りつつ論じた。 上記の成果を単著『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング、2023年2月)で公表した。同書は、本研究で探究してきた3つのテーマ全てを、作曲家の生きた時代性・精神性・歴史性、さらには前後の時代との相互連関といった大きな文脈のうちに置きなおし、総合的に深化させた著作である。
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