研究課題/領域番号 |
20K00166
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
足達 薫 東北大学, 文学研究科, 教授 (60312518)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | イタリア美術 / マニエリスム / エロティック文学 / 裸体表現 / 性的表現 / セクシュアリティ |
研究実績の概要 |
海外での資料および美術作品に関する調査が困難となったため、申請時の研究計画書に以下の軌道修正を行い、16世紀前半のエロティック文学および美術に関する資料収集および分析を進めた。(1)2021年度中、可能な限り、ベルニによるエロティックでユーモラスな詩作品を中心にして分析・翻訳する。(2)ヴィニャーリのエロティック対話『ラ・カッツァリア』の版本を可能な限り収集し、読解と分析を進める。(3)パルミジャニーノ、ロッソ・フィオレンティーノ、ベッカフーミ、ブロンツィーノに関する現代の資料を可能な限り収集し、主に素描を中心にしてエロティックな描写を収集・検討し、特に身体の性的部位を誇張ないし拡大する人為的操作がいかにして展開されたかを分析する。 これらの方針による検討の結果、研究開始時点での仮説である16世紀前半における視覚芸術とエロティック文学の相互影響という現象を真に歴史的に理解するためには、以下の大きな課題が浮上してきた。すなわち、16世紀のエロティック文学は本質的にユーモアおよびパロディの伝統とも不可分に結びついていた。この伝統をたどるためには、旧約聖書のエロティックなテクスト『雅歌』の受容史、中世の聖書パロディ詩『キュプリアヌスの祝宴』の伝播、ペトラルカによる教訓的ユーモア文学『順逆両境への対処法』、ボッカッチョによるエロスとパロディ双方の性格を兼ね備えた『名婦列伝』および『ディアナの狩り』、15世紀のユーモア詩人ブルキエッロや人文主義者マキアヴェッリまでの作品を視野に入れて、より包括的な文脈を再構成しなければならない。 またこの調査の過程において、エロティックなるものとユーモラスなるものの結合の系譜が、18世紀イタリアの画家ピエトロ・ロンギによるいくつかの作品にまでたどりうることも判明した(現時点での分析結果を論考として発表した)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究実績の概要において述べたように、申請時の研究計画に大きな軌道修正を行い、国内で可能な文献資料の収集と分析に当面の研究エフォートを投入することとした。現地における直筆手稿や写本の比較のかわり、現代の研究によって判明している成果を可能な限り精査しながら、当初予定していた「マニエリスムにおけるエロティック文学と美術の相互影響を示す4つの事例」のうち、特にベルニの詩およびヴィニャーリ『ラ・カッツァリア』とその影響に焦点を定め直し、今後の課題を明確化した。 一例を挙げれば、ベルニの詩『桃のカピートロ』(1522年)における「ああ、桃よ……食事の前、途中、そして最後までいつも美味しいが、前と後ならば完璧だ……身体の他の部分[ここで桃が臀部のことだと明かされる]すべてを元気にしてくれる」は、パルミジャニーノやロッソのようにベルニと近しい環境で活動した画家たちによる身体描写、特に臀部および下半身の露骨な強調とほぼ完全に同調した身体への眼差しを提供しているとともに、エロティックなるものとユーモアないしパロディが本質的に融合していたことを教えてくれる。 これらの検討を通じて、エロティック文学とユーモアおよびパロディの方法が本質的に不可分であったという歴史的文脈が顕著な問題として浮上してきた。その系譜をたどりながら、前述のように、『雅歌』におけるエロティック・イメージの受容と解釈、『キュプリアヌスの祝宴』の伝播過程、14世紀から16世紀、さらにそれ以降にかけてのエロティックなるものとユーモアおよびパロディの方法論との融合過程を再検討するという新たな大課題が浮上してきた。 これらの知見を踏まえつつ、2022年度以降、本研究の当初の仮説、すなわち「マニエリスムのひとつの特徴は、身体の性的部位を新しくかつ刺激的な表現的要素として再定義した点にある」というテーゼをより包括的に検証していく必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
申請時の研究計画において中心をなしていた海外における資料および美術作品調査が困難となり、所属先の方針および世界情勢も今後どのように変わっていくかが不明瞭な状況であることを踏まえ、2022年度以降、当面は国内での文献資料の収集および分析に注力し、「身体の性的部位を新たな表現的要素として再定義した美術としてのマニエリスム」という仮説を実証する事例(テクスト、イメージ)を精査していくことにしたい。 研究計画では、アレティーノのテクストおよびブロンツィーノの詩も分析の対象としていたが、前者に関しては先行研究においてかなりの事実が明確になってきていること、後者については外国での手稿及び写本(デジタル化されていない)の分析が必要となることから、両者に関しては、ベルニとヴィニャーリの事例および新たに浮上してきたいくつかのテクスト(『雅歌』、ペトラルカ『順逆両境への対処法』、ボッカッチョ『名婦列伝』および『ディアナの狩り』、『キュプリアヌスの祝宴』、ブルキエッロおよびマキアヴェッリの詩)に関する先行研究の調査ののち、さらなる課題として取り組むことにした。 2021年度まで、当初目標にしていた成果発表が十分に行われているとは言いがたいことは大きな反省点である。軌道修正および研究における焦点の再設定を通じて、残された研究期間中、申請時の目標を実現できるように研究成果を提示できるように努力したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時の研究計画書において中心となっていた海外での資料および美術作品調査が困難となったため、所属先の方針および世界情勢も今後どのように変わっていくかが不明瞭な状況であることを踏まえ、2022年度以降、当面は国内での文献資料の収集および分析に注力し、「身体の性的部位を新たな表現的要素として再定義した美術としてのマニエリスム」という仮説を実証する事例(テクスト、イメージ)を精査していくことにしたい。 2022年度はとくに、2021年度までの調査において重要性を帯びて浮上してきた旧約聖書『雅歌』の受容史および解釈史、中世の聖書パロディ史『キュプリアヌスの祝宴』の伝播状況、ペトラルカ『順逆両境への対処法』およびボッカッチョ『名婦列伝』・『ディアナの狩り』の受容と視覚化、15世紀の俗語パロディ詩人ブルキエッロおよびマキアヴェッリの詩)に関する先行研究の収集と分析を行うための資料収集に前年度使用額を充てたい。
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